スリーマイル島原発事故とは

カテゴリ: 原子力災害

読み: すりーまいるとう げんしりょくはつでんしょ じこ

 スリーマイル島原子力発電所事故とは、米国東北部のペンシルベニア州サスケハナ川の中州に立地するスリーマイル島原子力発電所で、1979年3月28日(現地時間)に発生した原子力事故を言う。「国際原子力事象評価尺度」 (INES)の「レベル5」(「事業所外へリスクを伴う事故」)の事例となる。スリーマイル島 (Three Mile Island) の頭文字から「TMI事故」の略称もある。

 同原発の2基の加圧水型軽水炉のうち、2号機の2次冷却水ポンプが故障し、人為的ミスが重なって露出した炉心が溶融。放射性物質を含んだ水蒸気が外部に漏れ出した。
 事故が拡大した最大の要因は、一次冷却水が十分あると誤判断した運転員が稼働した緊急炉心冷却装置(ECCS)を停止させたことだった。このため圧力容器内から冷却水が流失して冷却材喪失事故が進行、炉心の崩壊熱を除去できない状態に陥った。その結果、炉心の3分の2が露出する空だき状態になった。後の調査で炉心の45%が溶けていたことが分かった。
 燃料棒の中に閉じ込められていた放射性物質の一部が1次冷却材中に放出され、原子炉格納容器と補助屋を経て大気中に放出された。原子炉建屋など建物自体は損壊しなかったため、放射性ヨウ素やセシウムの大部分は原子炉建屋に保持された。冷却材のポンプが稼働し、収束に向かった。

 非常事態が宣言されて、24km圏内の約20万人の住民の一部が避難したが、周辺放射線の量は最大で1ミリシーベルト、平均で0.01ミリシーベルトで、放射線障害の発生はみられず、終息宣言はわずか10日間で出されたが、健康不安は同地域に永く残ることになった。
 1984年に圧力容器を開封、1990年に燃料の取り出し、1993年に汚染物質の撤去が行われ、14年を経過して廃炉となった。とっくり型の巨大な冷却塔は現存する。

 TMI事故は、米国の原発についてのそれまでの「安全神話」を覆し、米国内の反原発の機運を高めたいっぽう、多重安全設計を施した巨大システムが、些細なヒューマン・エラーから一挙に崩壊していくことを示す格好の事例ともなった。
 原子力災害の影響の大きさを広く一般市民に知らせたのと同時に、世界各国の原子力防災体制を改めて強化拡充する契機となった事故と言える。

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