東日本大震災
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震災から5年「今、僕らができること」ジャーナリストの視点・後編

東日本大震災から5年 特別インタビュー企画

 東日本大震災でも際立って被害が大きかった宮城県石巻市。なかでも全校児童108名のうち74名が犠牲となった大川小学校の悲劇は今も人々の記憶に残り続けている。

 

 大川小学校の悲劇はなぜ起きたのか? ジャーナリスト、池上正樹氏は、当時から被災地のさまざまな問題を徹底した取材で追い求めて来た。一人のジャーナリストが見た被災地の5年間とは?そして被災地はどう変わろうとしているのか?……特別インタビュー後編。

プロフィール

池上正樹(いけがみ まさき)

 

1962年生まれ。ジャーナリスト。

 

大学卒業後、通信社勤務を経て、フリーのジャーナリスト、日本文藝家協会会員。

 

主に「心」や「街」を追いかける。東日本大震災後は、被災地に入り、震災と「ひきこもり」の関係を調査。

学校管理下で多くの犠牲者を出した石巻市立大川小学校などの被災地の問題を当事者の目線から取材を続ける。 

 

 

 

著書:

大人のひきこもり 本当は「外に出る理由」を探している人たち(講談社現代新書)

『石巻市立大川小学校「事故検証委員会」を検証する』(ポプラ社)

あのとき、大川小学校で何が起きたのか(青志社)

『ふたたび、ここから〜東日本大震災、石巻の人たちの50日間〜』(ポプラ社)

 

Yahoo!ニュース 個人 「僕の細道」

 

あの子どもたちが声を上げ始めた

Q. 最近、被災地に行かれて感じたことは?

 

 行政や利権に関わる人たちの都合で復興が進められるあまり、「心の復興」の問題に対するケアとかサポートが十分に行き届かず、当事者である遺族や被災者の思いが封じ込められているように思います。

 

 もともと東北の人たちは、本当は困っていても「大丈夫です」と言ってしまうくらい遠慮深く、なかなか本音を明かせない傾向があります。

 

 未来の街づくりを進めていくにあたっては、もっと被災者や遺族たちの本当の思いを知るために、安心して声を出せる場や、丁寧なやりとりを通して寄り添う配慮も必要です。

 

 しかし、現状では、傷ついた人たちの気持ちとか、思いをきちんと受け止められず、置き去りにされているような地域が少なくないように感じられます。

 

 先ほど、5年経った今も「時間が止まったまま」のエリアや心の復興の問題が置き去りにされていると話しましたが、最近「未来へ向けての希望」のようなものを少しばかり感じる出来事もありました。

 

 石巻市は東日本大震災で三千数百人もの犠牲者が出るなど、その被害の大きさから、「震災遺構」の決定が先延ばしされていました。

 

 現在、石巻市内の大川小学校と門脇小学校の被災校舎が候補として挙げられているのですが、この2月に突然、両校を保存するか解体するかの意見を聞くための公聴会が開かれ、その席で石巻市長が「5年経ったので、3月末までに保存するかどうか方向性を決めたい」と言明したのです。

 

 当時の大川小学校は海から4キロ以上も離れているにも関わらず、旧北上川を津波が遡上して甚大な被害を生みました。

 

 被災校舎は、現在も梁がむき出しになっており、校舎と体育館をつなぐ橋梁は、校庭付近で津波が渦を巻いたことによって、ねじ曲がったままの姿で倒れています。河川津波の恐ろしさが本当によくわかります。

 

 また、当時の門脇小学校も、津波とともに運ばれた火災によって焼け焦げた被災校舎として、津波の恐ろしさを伝えていくうえで価値ある建物です。

 そして、この両校の公聴会に、当時の卒業生たちが参加して、少しずつ声を上げ始めるようになったんです。

 

 それぞれの地元には、「当時のつらい記憶を思い出したくないから、きれいにしてほしい」とか、「維持する予算がもったいない」「教訓は校舎ではなく教育で伝えるべき」などと解体を望む声も多く、意見は二分しています。

 

 大人は、「10年後」とか「自分の生きている間は…」と、目先の事情から意見を言う傾向がありますが、子どもたちの発言を聞いていると「50年後、100年後…」の将来を見据え、「映像ではなく、建物を見て体感しなければ、教訓が伝わらない」と主張するのです。

 

 ひいては、それが「1000年後に同じような大津波が来た時に、未来の人たちの命を守ることにつながる」などと訴えてるんですね。

 

 なかでも、当時、大川小学校にいて津波を被りながら生き残った只野哲也君は「世界中の子どもたちに見に来てほしい」などと発言していました。話してくれる言葉の一つひとつが、どんな防災の専門家の話よりも説得力があって、聞いている僕の胸に響きました。

東北に足を運び想像してほしい

Q. 東日本大震災から5年経った今、望むことは何でしょう?

 

 5年経って、とくに観光地は、すっかり復活したように見えます。

 

 いま被災地の人たちが最も望んでいることは多分、また震災前のように東北に観光に来てもらい、美味しいものを食べて飲んで、楽しんでもらいたということではないでしょうか?

 

 そうやって外部からの訪問者が、心から楽しんでくれる姿を見て、被災した人たちの心も、きっと少しずつですが、癒されていくのではないかと思います。

 

 その一方で「3・11」のことは決して忘れてほしくない、なかったことにしないでほしいと願っているはずです。

 

 いまも多くの人たちが仮設住宅で暮らしています。

 

 亡くなった大事な人たちと対話している人たちもいます。

 

 生活が元に戻ったけではなく、すべてを失った悲しみが消えたわけではありません。

 

 被災地に行ったら、そのことにそっと思いを寄せて、想像してほしいと思います。

 

 そして、例えば門脇小や大川小の校舎が震災遺構として保存されることになったら、それらの維持活動に対して、ぜひ寄付するなどの方法でサポートしてあげてください。

 

      (前編を読む)

 

※ジャーナリスト池上正樹氏が見た被災地の詳細については、【特集】『東日本大震災 被災地のリアル』をごらんください。

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