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福島第一原発「炉心溶融」の公表遅れ 東電が社内マニュアル5年間気付かず

 2011年の福島第一原子力発電所の事故で起きた「炉心溶融(メルトダウン)」をめぐって、東京電力は事故当時、社内マニュアルを十分に確認していなかったため、「炉心溶融を判断する根拠がない」と誤った説明をし、判定と公表が2カ月近く遅れていた事実を24日明らかにした。

 

 東電は24日に記者会見し、原発事故発生当時の社内マニュアルに「炉心溶融の損傷程度が5%を超えていれば、炉心溶融と判定する」という基準が明記されていたものの、この5年間その存在に気付かなかったと発表。

 

 東電は事故から2カ月後の5月、「炉心溶融」を正式に認めて公表したが、それまで会見などでは「炉心溶融」を使わず、「炉心損傷」と説明。事故後、原発事故後の検証を続ける新潟県に対しては、「炉心溶融を判断する根拠がなかった」と誤った説明をしていた。

 

 24日の会見で東電は、2011年3月14日の早朝に3号機の原子炉格納容器内の監視計器が回復した時点で、1号機で55%、3号機で25%(後に30%に訂正)の炉心損傷を確認できる状態だったことを認め、判定と公表が遅れたことを謝罪した。

 

 1号機が水素爆発を起こした3月12日、原子力安全・保安院は会見で「炉心溶融が進んでいる可能性がある」と指摘していたものの、首相官邸から「重要発表は官邸を通せ」と注意されたことで、保安院や東電に当時、「炉心溶融」という言葉を避ける雰囲気が広がった。

 

 原子炉内の核燃料が過熱して崩壊する「炉心溶融」は、事態が悪化すると燃料が容器を貫いて漏出する「メルトスルー」や、建屋を抜けて外部に流出する「メルトアウト」につながる。

 

 1960年代の米国では、溶けた燃料が地球の裏側の中国に突き抜けると誇張した表現で「チャイナ・シンドローム」という言葉が使われたことから、この末世的なイメージを避ける心理が、政府や東電の間に働いていたと推測される。

 

 とはいえ、東電自身が作成した社内マニュアルでも炉心溶融の基準は明記されており、事故直後の14日に速やかに公表していれば、東電に対する被災地や国民の視線も変わっていたのかもしれない。