歴史
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防災歳時記5月24日 泥流は火山噴火の津波

 今から87年前、1926年(大正15年)の今日5月24日。北海道の十勝岳が大噴火し、144人の死者・行方不明者を出す大惨事になった。

 

 この犠牲者のほとんどは、実は噴火そのものではなく、山体崩壊による高温の岩屑なだれが残雪を溶かしながら進む二次泥流によるものだった。

 

 この十勝岳の噴火災害については、平成19年にまとめられた中央防災会議の「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書」に詳しい。

 

 大正15年5月24日午後12時11分。第1回目の噴火が起き、その約4時間後の午後4時17分過ぎ、第2回目の噴火が起きる。

 

 この噴火で、中央火口丘が大崩壊を起こし、大規模な岩屑(がんせつ)なだれが発生する。当時、十勝岳火口では、硫黄の採掘が盛んに行なわれており、火口から2.4キロ離れた鉱山事務所にいた25人が犠牲になった。

 

 鉱山事務所にいた技師が、爆発音を聞いて室内に戻り、「モシモシどこですか?」と言う会社からの問いに対して「2坑だ」、と言ったきり電話が切れた。爆発から電話が切れるまでの時間は推定42〜45秒。

 

 噴火による岩屑なだれは、1分もかからず2.4キロ離れた鉱山事務所に到達し、あっという間に25人の命を奪っていった。

 瞬時に25人の命を奪った岩屑なだれは、まだ1メートルほどの高さに残っていた雪を溶かして「二次泥流」となり、美瑛川と富良野川に分かれて、ふもとの上富良野原野になだれ込んだ。

 

 森林地帯を通る際になぎ倒した多量の幹や枝を巻き込んだ泥流が、家をなぎ倒し、人や家畜を飲み込み、その犠牲者は144人に達した。

 

 火口から25キロ離れた上富良野原野に泥流が達したのは、噴火からわずか25分余り。平均時速は約60キロ。最も傾斜がきつい火口から鉱山事務所までの平均時速は約165キロに達している。

 

 山体崩壊により生じる岩屑なだれ、そして泥流。それはまさしく火山災害の津波だ。

 

 北海道立研究機構・地質研究所では、最近 十勝岳周辺の温泉などで塩化物イオン濃度が上昇しており 、今後数年のスパンで十勝岳が活動期に入ると分析している。

 

 津波と泥流。この2つの災害の恐怖は、「発生してからでは決して間に合わない」ということに尽きる。

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