歴史

防災歳時記6月6日河童と大正池と東京電力

 今から98年前、1915年(大正4年)の今日6月6日。長野県の焼岳が噴火し、その泥流が梓川をせき止めて「大正池」が生まれた。立ち枯れた木々が印象的なその光景は、上高地を代表する観光名所にして、特別天然記念物。

 

 大正池と言えば、思い出すのが芥川龍之介の小説「河童」。一人の精神病患者の男が梓川の谷を歩いているうちに「河童の国」にたどり着く。

 

 芥川龍之介は1920年(大正9年)に槍ヶ岳登山をしているというから、昭和2年に執筆されたこの作品も、生まれたばかりの大正池と梓川の幻想的な光景に触発されて生まれたのだろうか?

 

 さて、この大正池だが、上流の梓川から大量の土砂が流れ込み、誕生当時の大正時代より、深さも広さも小さくなっている。

 近年は、以前より少しばかり大きくなっているが、実は大正池を守っているのは、あの「東京電力」だと言うことをご存知だろうか?

 

 大正池から約8キロ下流に「霞沢発電所」という東京電力の水力発電所がある。大正池はこの霞沢発電所の調整池としても利用されていることから、1976年(昭和51年)以降、毎年 東電が大正池に溜まった土砂を浚渫(しゅんせつ)している。

 

 上高地は特別天然記念物であることから、現状を変更する工事などに制限があり、発電事業への影響を理由に、東電だけに土砂の除去が許されていることも東電がメンテナンスしている理由のひとつだ。

 

 だが砂利除去には年間約1億4000万円の費用がかかるとか。東電では「地域貢献の面もある」として、何とか工事を継続したい意向だが、福島第一原発事故以降の赤字決算を考えると、このままで大丈夫とも言えない状況だ。

 

 みちのくの地震が引き起こした福島第一原発事故の影響が、遥か遠くにある『河童の国』を風前の灯にしている。

 

「とかく人間の世界は図り難い」と河童なら笑うのか…。

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