歴史

防災歳時記6月14日血液型の科学と占い

「血液型は何型ですか?」最近は、初対面の人にそう聞かれることも慣れっこになった。

 

「B型です」と答えると「あ〜やっぱりね」と何か変わり者でもみるようなうろんな視線。

 

 人間というのは、とことん何かを類型化することが好きな種族らしい。

 

 そんな多くの人を魅了?してやまない「血液型」は、今から145年前、1868年の今日6月14日に生まれたオーストリアの病理学者カール・ラントシュタイナーによって発見された。

 

 20世紀の始めごろまで「輸血」という行為はまさに「イチかバチか」の医療行為だった。天の奇跡のように助かる場合もあれば、命を落とす場合も…。

 

 1900年、カール・ラントシュタイナーは、他人同士の血を混ぜ合わせると凝集する反応に注目し、自分と自分の弟子たちの血液を混ぜ合わせてみる。すると、凝集する場合と凝集しない場合がある。

 

 その場合分けをすることにより、ラントシュタイナーはついにABOの3つのタイプの血液型が存在することを発見する。ちなみにA型はラントシュタイナー自身の血液型、B型は自分と適合しない弟子の血液型、そしてO型(当時はCと命名されていたが)はAでもBでも凝集しないタイプとして分類されていた。

 

 この発見により輸血は安全性を格段に向上させ、多くの人の命を救った。そしてラントシュタイナーは1930年にノーベル賞を受賞する。

 

 今でこそ「まゆつば」な(少なくとも筆者はそう思っている)血液型による性格分類や血液型占いだが、血液型が発見された当初は多くの医学者、心理学者などによりアカデミズムで大まじめに研究された分野だった。

 

 昭和初期には東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)の教育学者古川竹二が血液型と性格の関係を科学的に解明しようと試み、こうした風潮から帝国陸軍では、血液型から将兵の資質を分類して部隊編成をしようとしたことさえある。

 

 いずれも有意な統計的成果が得られず研究はすたれていく。

 

 当時の「血液型ブーム」が現代と最も異なる点は、当時はアカデミズムが大まじめで研究していたのに対し、一般の人々からは「いかがわしい研究」などと懐疑の目を向けられていたこと。

 

 現代ではアカデミズムが科学的根拠がないといくら否定しても、庶民は依然として「血液型分類」が大好きだ。

 

 いや「血液型」に何の結論があるわけでもないが、ちなみにこんなにも「血液型占い」が好きな国民は世界中探しても日本人だけだ、と立証も反証も不可能な極論をぶって今日はしめよう。

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