歴史

防災歳時記6月19日スパイというお仕事

 今から60年前、1953年の今日6月19日。アメリカで1組のユダヤ人夫婦が電気椅子で処刑された。

 

 ジュリアス・ローゼンバーグとエセル・ローゼンバーグ。

 

 ローゼンバーグ夫妻の容疑は、原爆製造の機密情報をソ連に提供したスパイ容疑。

 

 証拠は他の人間の自白のみ。夫妻は最後まで無実を主張した。

 

 「アメリカの行き過ぎた反共産主義」と世界中から非難が集まり、サルトル、アインシュタインから時のローマ教皇までもが助命運動に参加した。

 

 処刑後も長い間、多くの人から夫妻は「えん罪」だと思われてきた。

 

 しかし1995年、旧ソ連の暗号を解読するアメリカ政府の「ベノナ計画」の機密が解除され資料が公開されると、そこには夫妻が実際にソ連のスパイだった証拠が数多く残されていた。

 

 供述すれば死刑を免れられるとの司法取引を持ちかけられていたにも関わらず夫妻はあえて死を選んでいた。

 

 「自分たちが最後までえん罪を主張して処刑されれば、祖国が不利益を被ることはない」

 

 恐ろしいまでの「愛国心」だ。

 一方、最近のスパイと言えば、思い出すのが「美人すぎるスパイ」として知られるロシアのアンナ・チャップマンだ。

 

 元ソ連国家保安委員会(KGB)の幹部職員を父にもつアンナは、2010年に核弾頭開発計画の情報を収集するスパイとしてアメリカに入国。表向きはマンハッタンの不動産企業やベンチャー企業を経営する敏腕女性社長の顔を持っていた。

 

 アンナは結局FBIに逮捕されるが、スパイ交換でロシアに帰国。

 

 帰国後は祖国で人気者となり、テレビ司会者として活躍し、2010年には「お色気画像」も用意されている自身の公式サイトもオープンした。

 

 そして先月。アンナはモスクワの中堅銀行「ファンド・サービス・バンク(FSB)」の取締役に就任した。

 

 就職先がKGBの後継機関であるロシア連邦保安局(FSB)と同じ名前なのも悪い冗談か。

 

 同じスパイでありながら、ローゼンバーグ夫妻の悲壮な決意と悲惨な最期。

 

 一方でどこまでいっても何がホントで何がホンキなのか分からないアンナの映画のように華やかな前半生。

 

 30年の歳月が「スパイというお仕事」をこんなにも変えてしまったのか?

 

 そう言えば、某国情報機関の人間と酒を飲んだときに彼がグチっていた。

 

「情報機関も昔は軍人上がりの、実戦経験豊富な先輩ばかりだったから厳しい組織だったけど、最近は一流大学出身のお坊ちゃんなキャリアばかりだから全然迫力ないよ…」

 

 こんな業界でも日本の「ゆとり世代社員」みたいな悩みがあるということか?

 

 それとも情報機関の人間だけに、周囲を油断させようと「ウソ」をついていたのか…。

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