歴史

防災歳時記6月20日明治東京地震

 今から119年前、1894年(明治27年)の今日6月20日午後2時4分。東京をM7.0の地震が襲った。

 

 震源地は両国近くで震源の深さは約50〜80キロ。この地震により31人の犠牲者が出た。この地震では建物に対する被害が大きく、高層ビルのはしり「浅草の十二階」こと「凌雲閣」(凌雲閣はその後、関東大震災で半壊し、取り壊される)が一部損壊した他、多くの煙突が損壊したため「煙突地震」などとも呼ばれた。

 

 ところで最近は「南海トラフ巨大地震」と並んで話題になっている「首都直下地震」だが、この地震を「関東大震災が来る」と誤解していないだろうか?(いや、書いている本人が、最近までそう思っていたのだが)

 

 関東大震災は200年から400年周期で襲うM8.0クラスの相模トラフを震源とする「プレート境界型地震」。

 

 一方、明治東京地震は、もっと内陸部で起きる、M7.0クラスと規模こそ一回り小さいが、発生周期は短い「直下型地震」

 

 そして、そもそも「首都直下地震」が想定していたのは、この明治東京地震のような「南関東直下地震」とか「東京湾北部地震」とか呼ばれる直下型地震だ。(東日本大震災以降は、関東大震災タイプのM8クラスの地震による津波被害も想定すべきではないかとの議論になっているが)

 

 地震調査研究推進本部によれば、こちらの地震発生確率は、「30年以内に70%程度」、平均活動間隔は23.8年だそうだ。

 

 ちなみに一番最近発生した南関東直下地震は、1987年12月17日に起きた千葉県東方沖の地震(M6.7)だから、すでに平均活動間隔を超えた26年が経過している。

 

  つまりは、もういつ来てもおかしくない状態ということ。

 

 自民、公明両党は、首都直下地震に備え、国の中枢機能を維持するために特別にインフラ整備などを行なう「緊急対策区域」(つまりは永田町や霞ヶ関周辺などのライフラインを強化するということだが)を指定するための首都直下地震対策特別措置法を国会に再提出した。

 

 当然ながら、その法案が秋の臨時国会で成立したとしても、インフラ整備が始まるのはそれから。

 

 後はできるだけ地震の来るのが先になるよう祈るぐらいしかないか。

 あなたにオススメの記事