歴史

防災歳時記7月18日マンデラ元大統領とヘイト・スピーチ

 今から95年前、1918年の今日7月18日、現在危篤状態と伝えられている反アパルトヘイトの闘士 ネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領が生まれた。

 

 長じて反アパルトヘイトの闘士となったマンデラ氏は、1962年に逮捕され、1990年に釈放されるまで28年間もの長きに渡って収監されていた。

 

 しかし、どんな苦難にも屈しないその自由と平等への渇望が南アフリカを人種差別から救った。

 

 今でこそ、「人種差別が良くないこと」なのは多くの日本人が承知のことだと信じているが、残念ながら、こと南アフリカのアパルトヘイトに関してわが国は、あまり他人に自慢できたものではない過去がある。

 

 南アフリカと言えば金やダイヤモンドで有名だが、他にもプラチナ、ウラン、鉄鉱石など鉱物資源の豊富な国だ。

 

 日本は戦前の1910年代に羊毛を南アフリカから輸入して、南アの貿易相手国第2位になって以来、世界各国がアパルトヘイト政策に対して非難を強めていた時代にも、せっせと鉱物資源を輸入して1961年には日本国籍を持つ者は、白人でもないのに「名誉白人」との待遇を受けることとなり、ついには南アの最大の貿易相手国になった。

 

 南アフリカの鉱物資源が日本の高度経済成長を支えた側面は否めない。このため1988年には国連総会で日本は名指しで非難されている。

 

 この事実は、特に戦前に横行した「朝鮮人」や「中国人」に対する差別より、ある意味「たちが悪い」かもしれない。

 

 戦前のような差別は「本当の差別」だ。相手に対して明確な差別意識を持って接している。

 

 もちろんそれは良くないことだが、「差別の意識」が明確にあるわけだから、その考えを正せば良くなる可能性もある。

 

 しかし、自分の経済的利益のために、他者が差別されていることを「見て見ないふり」するのは、自分に直接的な差別の意識がないから、往々にして「無自覚」だったりする。

 

 これは恐ろしいことだ。

 

 最近のヘイト・スピーチ(憎悪表現)の問題を見ていても、それは表面化した氷山の一角にしか過ぎず、本当は多くのサイレントな人々の心の中に「消極的な差別意識」があり、それが過激な憎悪表現を容認(もしくはそっと快哉をあげているかもしれないが)しているのではないかと不安にもなってくる。

 

 中国の尖閣諸島をめぐる問題や韓国の竹島の問題に違和感を感じるとすれば、それはあくまで歴史的観点や国際法的観点から見て先方の主張が納得できないからであって、決して「中国人」や「韓国人」だからというのが理由ではない。

 

 杞憂ならよいが、「譲歩しないこと」と「礼を失しないこと」は違う話だと分かるほどにわが国の人々は賢明だと信じたい。

 あなたにオススメの記事