歴史

防災歳時記7月26日スコピエ地震と日本

 今から50年前、1963年の今日7月26日、バルカン半島にあるマケドニア共和国の首都スコピエでM6.1の地震が発生した。

 

 この地震により1000人以上が犠牲になり、80%近い家屋が倒壊した。

 

 バルカン半島などと言うと日本人にはなじみ薄いが、マケドニアは、あの「アレキサンダー大王」を生んだ国、紀元前4000年ごろから栄えた世界でも有数の長い歴史を有する都市だ。

 

 その長い歴史の中で、スコピエは西暦518年、ローマ帝国の時代にも地震により完全に壊滅した経験を持つ、日本と同じ、いやそれ以上の「地震国」だ。

 

 そして1963年のスコピエ地震により、ほとんどが壊滅した街並みを新たに作り直す「都市計画」の大部分を担ったのは、日本が誇る建築家 故丹下健三氏(1913 -  2005)だった。

 

 地震大国 日本を代表する建築家が、地震から復興するスコピエの新しい街並みを作った。高架プラットフォームで、自動車と歩行者を分離したスコピエ中央駅は当時としては斬新なデザインだった。

 

 「地震大国同士」という、あまり「ありがたくない縁(えにし)」ではあるが、日本とスコピエはそんなに「知らない仲」でもない。

 

 ノーベル平和賞を受賞した「マザー・テレサ」と言えば、たいていの人がご存知のはず。

 

 「この豊かな国の大きな心の貧困を発見しました」

 

 初めて日本を訪れた時の彼女の言葉だ。

 

 「心の貧しい現代の日本」

 

 わが国が患っている「孤独という病」を瞬時に看破した彼女もまた、「スコピエ出身者」だ。

 

 

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