歴史

防災歳時記7月28日唐山地震 そして映画はお蔵入りに

 今から37年前、1976年の今日7月28日、中国河北省唐山(とうざん)市でM7.5の直下型地震が起きた。

 

 市街地直下の断層を震源としたこの揺れは、唐山市の住宅94%を全壊とし、市内だけでも約15万人の死者を出した。当時の同市は人口約100万人だったから、おおよそ7人に1人が亡くなられた計算。全体の犠牲者は、なんと24万人を超えたという。

 

 世界的にも最大規模の被害となったこの大地震で、中国有数の工業地域だった唐山市は交通網だけでなく水、電気、通信などのすべてが絶たれた。

 

 混乱を恐れた中国政府は地震の5時間後には人民解放軍10万と医療人員2万を派遣。2日後には、ひと通り事態は落ち着いたというが、その後、壊滅した同市が再建することは叶わず、郊外に新しい街を作ることで唐山市は再び国内でも有数の都市に発展をしている。

 

 もちろん地震の恐怖が忘れ去られたワケではないだろう。市内には教訓のために記念塔が建てられ、さらに2010年には『唐山大地震』という映画が作られた。

 

 同国で約6億6000万元(現在で約105億円)を超える大ヒットも記録したこの映画は、しかし、日本では公開されていない。

 

 奇妙な偶然が重なり、いわゆるお蔵入りとなったままなのだ。

 最初の偶然はニュージーランドで起きたカンタベリー地震だった。

 

 2011年2月22日に起きたこの地震により、日本での配給を担うこととなった松竹はいったん公開を見送った。

 

 そして、カンタベリーへの募金を呼びかけたり、興行収入の売上を救援金として日本赤十字社に寄付するとして、映画の公開を仕切り直し、新たに試写会を行うことにしたのだが、そこで2度目の偶然が重なる。

 

 試写会に選んだ期日が3月11日、場所が九段会館だったのだ。

 

 九段会館は、東日本大震災の揺れにより、ホールの天井が落下して死者が出た。夕方から予定されていた試写会は、当然ながら見送られ、そのまま公開も延期となっている。

 

 映画のあらすじは、震災直後にエキサイトへ寄せられたとみさわ昭仁氏のレビューで確認していただくとして、ここでひとつ問題となるのが被災を思い起こさせる映像の是非であろう。

 

「震災風景は二度と見たくない」とする被災者たちの気持ちも汲み取らなければならない一方、彼らが同時に「震災を忘れて欲しくない」という心情を抱くのも的外れではないハズ。

 

 もちろんテレビであれば放映の自粛も致し方ないが、映画は視聴者が任意で選ぶのであるから、もし配給会社が世論を恐れて公開を躊躇しているのであれば、それはあまりに過敏な反応ではなかろうか。

 

 日本と同じく地震被害の絶えない中国でこの映画は歴代1位の興行収入を記録したという。

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