歴史

防災歳時記8月8日金大中事件ペルソナ・ノン・グラータ

 今から40年前、1973年の今日8月8日、都内のホテルから後に韓国の大統領となる金大中氏が誘拐された。

 

 金大中誘拐事件。

 

 当時の韓国は朴正煕大統領。非常事態宣言を発布し、戒厳令を敷いた朴大統領の政敵 金大中氏は帰国すれば殺されると考え海外で講演活動などをしていた。

 

 国際社会から人気があり民主的指導者と目されていた金大中氏を拉致誘拐し、殺害しようと当時の韓国中央情報部(KCIA 現国家情報院)は考えていた。

 

 しかし誘拐後、日本政府はこの情報を察知、自衛隊機が金大中氏を拉致した船を追跡し、照明弾を投下、これにより金大中氏は殺害されず、誘拐から5日後にソウルの自宅近くで解放される。

 

 事件後しばらくして日本政府は実行犯のトップとして韓国大使館の一等書記官だった金東雲に対し「ペルソナ・ノン・グラータ(Persona non grata)」を発動した。

 

 ラテン語で「好ましからざる人物」。

 

 この外交用語を受け入れ国から発動されると、外交官はその国に駐在することができなくなる。

 

 金東雲は、KCIAの東京における最高責任者だったが帰国せざるを得なくなった。

 

 日本における初めての「ペルソナ・ノン・グラータ」の発動事例だった。

 他の国々でも「ペルソナ・ノン・グラータ」が発動される場合の多くは、外交官による「スパイ活動容疑」だ。

 

 日本も1987年と2002年にソ連(当時)と中国で防衛駐在官がスパイ容疑で「ペルソナ・ノン・グラータ」を発動されている。

 

 金東雲は、金大中事件の指揮官であるとともに、東京におけるKCIAのスパイ活動を取り仕切っていた。

 

 今月1日に英国の公文書館が公開した1982年当時の公文書(つまりは映画『007』でおなじみのMI-6あたりの資料ということだろうが)によれば、日本で活動しているスパイは共産圏だけで約220人、内訳はソ連100人、中国60人、その他の国60人などと書かれていたそうだ。

 

 「スパイ」なんて言うと、映画かドラマの「作りごと」の世界のように聞こえるが、少なくとも30年前の東京は、各国のスパイが諜報活動を繰り広げる「スパイ天国」だったことは間違いないようだ。

 

 平和な日本にいると、自分たちがそんな世界とは無縁に思えるかもしれないが、それはたぶん「錯覚」に過ぎない。

 

 なにせ、北朝鮮による日本人拉致事件だって、長い間「そんなことあるはずない」とみんなたかをくくって、拉致疑惑を語る人を「陰謀説に凝り固まった妄想癖のある人」ぐらいに思っていたのだから。

 

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