歴史

防災歳時記8月14日パン給食とTPP交渉

 今から63年前、1950年(昭和25年)の今日8月14日、文部省が9月から八大都市の小学校でパン給食を完全実施すると発表した。

 

 終戦から5年。日本国内における米の生産量はとても全人口をまかなえる水準に達していなかった。

 

 米国の占領地救済資金であるガリオア資金により小麦が輸入される。飢餓救済と言えば聞こえはいいが、米国にとってみれば当時国内でだぶついてた農作物を買い取ってもらう一石二鳥の計画だった。

 

 ちなみに占領地救済というと「無償援助」のように聞こえるが、後から返済を請求され、日本は分割払い(年賦)で返すが、70年代に前倒しで全額償還した。

 

 最近は、おいしい学校給食を懐かしんで、給食メニューを出すレストランまであるようだが、自分の給食体験は、何かの陰謀ではないかと子供心に疑うほどに恐ろしくまずかった。

 

 いや、昭和40年代半ばぐらいまでに小学校生活を送った人の中には、「あの脱脂粉乳っていうのは…」という感想も少なくない。

 

 そりゃそうだ。

 

 大人になって気付いたが、そもそも「だぶついた食料」が原料だったんだから。

 米国の援助を今さら批判する気もないが、そのやり口は極めてスマートだ。

 

 人道援助の美名のもとに、だぶついた農作物を輸出し、その結果 日本人の食習慣が米食からパン食にシフトすれば、小麦の新たな消費市場が出現する。

 

 その効果あって、日本における米の国内消費量は、1961年(昭和37年)の1人あたり118.3キログラム(年間)をピークに、2012年(平成23年)には半分以下の57.8キログラムに落ち込んでいる。

 

 関税自由化を目指すTPP交渉に参加しながら、「今後10年で農村の所得を倍増させる」と言っている安倍晋三首相の言動もどうかとは思うが、これだけ国内の消費量が激減してしまうと、日本の米作農業の存続と関税の関係をうんぬんするとかいうレベルじゃない。

 

 関税を自由化しようがしまいが、米を食べる人がいなければ、米作農業は衰退するのが自明の理。

 

 これを食い止める一助になれば、と最近は米粉パンを給食に出す自治体も増えてきている。

 

 しかしこれもいささか本末転倒だ。これじゃ米よりもパンを食べたい子どもに無理やり「まがい物」を食べさせているだけで、根本的な解決にはなっていない。

 

 当たり前だが日本人みんなが心から「米を食べたい」と思わない限り、TPPで関税が撤廃されようがされまいが、日本の米作農業に未来はない。

 

 逆に言えば、「たまにはパンもいいけど、基本3食『米のごはん』ですね」という人が圧倒的なら、日本の米作は安泰だろう。

 

 さすがにみんな毎日米を食べていれば舌も肥えて、ちょっとぐらい高くても「◯◯県産のうまい米を食べたい」となるだろうから。

 

 TPP交渉のとても悲しいところは、大事な日本の農業や文化を守ると言ったって、当の日本人の食生活自体が「その文化はもう要らない!」と正直過ぎるくらいあっけらかんと答えを出してしまっているところだ。

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