歴史

防災歳時記8月15日終戦記念日と対日戦勝記念日

 今から68年前、1945年(昭和20年)の今日8月15日は、言わずもがな「終戦の日」。

 

 しかし「終戦」とはどういう意味なのか。

 

 前日の8月14日の御前会議で日本の「ポツダム宣言受諾」が決定され、その日のうちにスイス政府経由で米国のトルーマン大統領に「ポツダム宣言受諾」の電信が届けられる一方で、国内には「終戦の詔書」が公布された。

 

 そして、翌15日正午、天皇陛下が「終戦の詔書」を読み上げる「玉音放送」が全国に流される。

 

 この日をして、日本では「終戦」としている。

 

 しかし、他の国ではどうだろうか?

 

 日本政府の歴史認識を今も厳しくとがめるお隣の韓国にとっては、8月15日は日本の支配から解放された日。

 

 日本と同じく8月15日を「光復節」としており、北朝鮮もこの日を「解放記念日」としている。

 一方、連合国側からすれば、この日は「戦勝記念日」。

 

 米トルーマン大統領は14日にポツダム宣言受諾の日本からの電文を紹介しているが、「勝利の日は、日本が降伏文書に正式に署名するまで待たなければならない」として、アメリカの「対日戦勝記念日(Victory over Japan day=VJデー)」は、降伏文書に日本が調印した9月2日になっている。

 

 連合国の一員だった中国(当時は中華民国が連合国の一員だったが)は、調印の翌日9月3日を「対日戦勝記念日」としている。

 

 そしてロシア(旧ソ連)も連合国として、9月3日(現在は9月2日だが)を対日戦勝記念日としている。

 

 今も日露の懸案となっている北方領土だが、ソ連が北方領土に侵攻してきたのは8月28日。

 

 日本軍は15日の玉音放送を受けて、翌16日には「自衛以外の戦闘停止」、さらに18日に「全面的な戦闘停止」の指示が出された。

 

 しかしソ連軍が北方領土上陸作戦を敢行したため、現地部隊には上陸を阻止するための戦闘が改めて指示されている。

 

 北方領土は戦争によってソ連が奪取した領土なのか、それとも戦後の違法な侵略行為によりかすめ取られた領土なのか。

 

 いや、そもそも「戦争」はいつ終わったのか?

 

 「終戦の日」が各国で半月あまり違うことが、68年経った今でもさまざまな影を落としている。

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