歴史

防災歳時記8月26日クック船長とザワークラウト

 今から245年前、1768年の今日8月26日に、ジェームズ・クック率いる英国海軍のエンデバー号は、はるか太平洋のタヒチへ向けて英国を出発した。

 

 そうキャプテン・クックとして名高いクック船長の偉大な探検の始まりだった。

 

 時は大航海時代も末期の18世紀。その当時、ヨーロッパから遥か離れた太平洋に帆船で挑むことは、現代とは比べ物にならないほどの危険をはらんでいた。

 

 嵐。海賊。巨大な海の怪物…。

 

 いや、それよりももっと船乗りたちが恐怖していたのは、航海に出ると起きる「謎の病気」。

 

 その病気にかかると、歯ぐきから出血し、歯が抜け、脱力し、最後は死に至る。ヴィアスコ・ダ・ガマのインドへの旅では180人中100人が、この「謎の病気」で命を落とした。

 

 この病気と食べ物の奇妙な因果関係に最初に気付いたのは英国海軍の軍医ジェームズ・リンドだった。

 

「オレンジやレモンを食べるとこの病気を予防できる」

 

 そう、この「謎の病気」はビタミンC不足により起きる「壊血病」だった。

 この発見から15年後のクック船長の航海では、ザワークラウト(発酵したキャベツの漬け物)など保存の効く野菜や果物が積み込まれ、史上初、1人の壊血病患者も出さずに世界周航を成功させたのである。

 

 ハワイ諸島を発見したことよりも、オーストラリアに到着したことよりも、クック船長の最大の功績は壊血病を克服したことだ。

 

 「ビタミン」が発見されるまで、世界ではこうしたビタミン不足による「奇病」が蔓延していた。

 

 例えば「江戸わずらい」と呼ばれるビタミンB1不足に起因する「脚気」。

 

 見栄っ張りの江戸っ子(特に将軍始め上級武士たちだが)はビタミンB1を含まない「白米」と、ほんの少しの「おかず」でしのいでいたため江戸で多発し、この名前がついた。

 

 さて、栄養が行き届き、過剰にすらなっている現代では、壊血病も脚気も過去の病気だが、こんな食生活になっても不足するビタミン群はある。

 

 あまり言うと、何かサプリメントを宣伝しているようで気持ちよくないが、少なくとも客観的に現代人の生活を見て不足する可能性が考えられるのは、ビタミンDとB群。

 

 かつては「くる病」の原因ともなったビタミンD不足だが、このビタミンは日光の紫外線により体内でコレステロールの一種から合成される。

 

 またビタミンB群はアルコールを分解する時に消費されるし、B12は動物性の食べ物にしか含まれていない。

 

 今年の夏は太平洋高気圧が広がり、酷暑列島となっている。

 

 日射しが気になるからといって、SPF50の化粧品で全身を防御し、暑いからとビールを大量に摂取し、体のためにと肉食を控えているような人は、この栄養過多の時代にあって、クック船長のエンデバー号に乗っているより実は危険な状態にあるかもしれない。

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