歴史

防災歳時記9月9日「後世に名を残す」 天才の生涯

 「彗星の発見」というと、「コメット(彗星)ハンター」と呼ばれるアマチュア天文家たちの活躍が思い浮かぶ。

 

 今年1月にも、徳島県在住のアマチュア天文家 岩本雅之さんが彗星「IWAMOTO」を発見している。

 

 そんなコメット・ハンターの元祖、天才アマチュア天文家が19世紀のアメリカにいた。

 

 今から121年前、1892年の今日9月9日、エドワード・エマーソン・バーナードは木星の5番目の衛星「アマルテア」を発見した。

 

 それは、ガリレオが1609年に木星の4つの衛星を発見して以来283年ぶり、そして肉眼で発見された最後の衛星となった。

 

 テネシー州ナッシュビルで生まれたバーナードは、貧しい母子家庭で育ち、学校教育も受けずに9歳で写真家の助手になる。

 

 天文学に興味を持った彼は19歳の時に、5インチの天体望遠鏡を購入するが、24歳の時に最初の彗星を発見する。

 このころ「酔狂な」パトロンが彗星を1個発見するごとに賞金200ドルをくれた。

 

 バーナードは8個の彗星を発見し、賞金総額1600ドルで結婚した妻のために新居を購入した。

 

 その「天才ハンター」ぶりに、彼は地元アマチュア天文家たちの間で有名人になり、彼らが寄付を募ったおかげで、バーナードは遅ればせながら「妻と一戸建ての家を持った大学生」となり、30歳で大学を卒業すると天文台に就職した。

 

 そこで木星の衛星「アマルテア」を発見するが、1895年にはシカゴ大学の天文学教授に就任、オリオン座に「バーナードループ」と呼ばれる星雲を発見する。

 

 岩本氏の発見した彗星「IWAMOTO」もそうだが、ハンターにとって最高の栄誉は星に自分の名前が命名されること。

 

 バーナードの場合は、「バーナードループ」以外にも「バーナード第1彗星」、「バーナード第2彗星」、「バーナード・ボアッティーニ彗星」と3個、さらに「へびつかい座」の恒星「バーナード星」、また天の川にある約350個の暗黒星雲にはナンバーが振られ、「バーナード・カタログ」として現在も使われている。

 

 その上、カリフォルニア州のバーナード山(標高4266メートル)も彼にちなんでいる他、あまりの偉業に天文学者にファンが多いものだから、月と火星にバーナードクレーターがあるほか、小惑星「バーナーディア」、「バーナードの銀河」などなど、バーナードにちなんだ名前が宇宙のあちこちに散在する。

 

 バーナードは、宇宙に史上最もその名を刻んだ天文学者かもしれない。

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