歴史

防災歳時記9月8日 池袋通り魔殺人事件と犯行予告

 今から14年前、1999年の今日9月8日、池袋で通り魔殺人事件が起きた。

 

 惨劇の場所となったのはサンシャイン通りにある東急ハンズの入り口付近。

 

 当時23才の造田博は、目の前の東急ハンズで事前に購入していた包丁とカナヅチを使って次々に通行人に襲いかかり、その結果、2名が亡くなり、6名が負傷した。

 

 逮捕後、造田は「キリスト教徒は全員努力している人」とか「真面目に働いているのに評価されず、腹がたった」などと支離滅裂な供述をして世間の注目を集めたが、最も衝撃を与えたのは犯行前に記した手書きのメモだった。

 

『わし以外のボケナスのアホ殺したるけえのお
わしもボケナスのアホ殺したるけえのお
アホ、今すぐ永遠じごくじゃけえのお』

 

 ハタから見れば、無責任極まりない狂気というほかないが、もしこれが現代ならば、造田はその不満をネット上に晒して、炎上したのであろうか。

 

 2008年6月に秋葉原で大量無差別殺人を犯した加藤智大(当時25才)は、ネット掲示板に通り魔の犯行予告を繰り返した後、凶行に及んでいる。

 

 犯行の直前に記したメッセージは次の通り。

 

「秋葉原で人を殺します
車でつっこんで、車が使えなくなったらナイフを使います みんなさようなら」

 

 この後、加藤は実際に3人をトラックで轢き殺し、4人をナイフで死に至らしめている。

 

 しかし、加藤の犯行予告は事前に拡散することもなく、世間はテレビでこの書き込みを知り、造田のときと同じ最悪の不快感を抱かされたのだった。

 

 日本のIT企業・デジタルガレージがTwitterを展開したのは、秋葉原の事件から2カ月前の2008年4月のこと。

 

 現在のような影響力を持つと確信していたのは一部の人間のみで、ましてやfacebookやブログなどと連動して現在のようなSNSが確立するとは誰も予想できていない。

 

 しかし、今や日本中の誰もがTwitterの拡散力を知っている。そしてその使い方は、良い方にも悪い方にも、いくらでも転化できることも知っている。

 

 今後、最悪の不快感が拡散しないことを心から願う。

 

 あなたにオススメの記事