歴史

防災歳時記9月22日 歴代初めての昭和天皇の開腹手術

   26年前の今日9月22日、"ある手術"が日本中の関心を集めていた。


   執刀したのは東大医学部付属病院長の森岡恭彦。患者は、昭和天皇だった。


   この年の4月29日、昭和天皇は誕生日の祝宴を体調を崩して中座。以降、体の不調が続き、9月下旬には吐血するほど病状が悪化していた。


   今でこそ皇族が手術を受けることは当たり前のように考えられているが、当時は鍼灸治療すらためらうほどで、体にメスを入れる外科手術などもってのほか。昭和天皇が歴代で初めて開腹手術を受ける、というニュースは大きな衝撃となって日本全国を駆け巡った。


   手術を決断したのは、宮内庁長官の富田朝彦。警察官僚出身で、あさま山荘事件の際は警察庁警備局長として指揮をとった人物だ。1978年に宮内庁長官に就任して天皇の闘病生活に寄り添い、信任もあつかったという。

   しかし、手術後、昭和天皇はいったんは公務に復帰したものの、容態は次第に悪化。翌1988年8月15日の全国戦没者追悼式を最後に、公式行事から姿を消してしまう。


   この頃から、テレビや新聞は「Xデー」に備えて本格的に原稿や紙面構成を準備し、市井の人々の間でも派手なイベントを控える動きが広がっていった。


   中日ドラゴンズのリーグ優勝の「祝勝会」は「慰労会」に名を変え、ビールかけもなくなった。京都国体では花火の打ち上げが取りやめられ、明治神宮野球大会は中止。年賀状の「賀」「寿」といった字まで控えられた。「自粛」は当時の世相を象徴する言葉だった。


   そして、年が明けた1989年1月7日午前6時33分。昭和天皇、十二指腸乳頭周囲腫瘍により、崩御。歴代で最も長寿となる87歳、在位期間も歴代最長の62年だった。


   この日から2日間は、テレビから一切のCMが消えた。穴埋めに公共広告機構のCMが流された、と聞けば、2年前の東日本大震災を思い出す人も多いだろう。朝から晩まで、延々と続く「こんにちワン、ありがとウサギ」……。


   1万8000を超える人命が失われた東日本大震災は、日本人の精神にも社会にも大きな影響を与えた"歴史の節目"だと言われる。「それ以前」と「それ以後」でくっきり線が引かれる象徴的な出来事。そういう意味では、1989年のこの日も大きな節目だった。


   太平洋戦争で日本が焼け野原となり、どん底からの復興、高度経済成長、東京オリンピック……。「現人神」から「人間」になり、そのすべてを目にしてきた昭和天皇。その崩御は、「昭和」という激動の時代の終わりを告げるものだった。

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