歴史

防災歳時記10月27日 英国王室を揺るがした一人の女

   今から77年前の1936年の今日10月27日、ある夫婦の離婚が成立した。妻の名前はウォリス・シンプソン。時のイギリス国王エドワード8世に「愛のために」と王冠を脱がせることになる"ファム・ファタール"(運命の女性)である。


   「王冠をかけた恋」として世界的に有名なこのスキャンダルは、昨年マドンナが監督して「ウォリスとエドワード」という映画にもなった。エドワード8世に王位を押し付けられた弟ジョージ6世が演説のために吃音を克服しようと奮闘する「英国王のスピーチ」(トム・フーパー監督、2010年)では、奔放なウォリスの姿が嫌味を込めて描かれている。

   ウォリスは船舶会社を経営するアーネスト・シンプソンの妻としてイギリス社交界にデビューし、1931年、王太子だったエドワードと、パーティーの場でエドワードの当時の愛人に紹介されるという数奇な形で出会った。


   どちらかと言えばエドワードの一目惚れだったようで、エドワードは最初はシンプソン夫妻をロンドン郊外の別荘に誘い、次第にウォリスだけを呼んで、やがては外遊にも同伴するようになったという。


   ウォリスはアーネスト以前にもアメリカ海軍の士官と結婚歴があり、イギリス王室はウォリスを「地位と金目当ての女」とみなして敵視。ウォリスとエドワードの挙式には誰も参列せず、ジョージ6世はウォリスを「シンプソン夫人」と呼び続けて、決して公式行事に招待しなかった。


   王室を手玉に取った世紀の悪女か、恋に身を焦がした純粋なる聖女か。ウォリスの評価は今でも分かれる。数々の女性と浮名を流して「欧州屈指のプレイボーイ」と称されたエドワードに強引に迫られ、引き返せなくなったとの見方もある。

 

   しかし、ある日突然、国王が王冠を捨てると聞かされた国民はたまったものではなく、それこそ国中が引っくり返るような騒動だっただろうが、一人の女性が一国の主にそこまで決意させたことはやはり感嘆せずにはいられない。

 

   エドワードは退位を表明したBBCラジオで、次のような言葉を残している。

 

「I have found it impossible to carry the heavy burden of responsibility and to discharge my duties as King as I would wish to do without the help and support of the woman I love.

私の愛する女性の援助なくしては、自ら望むように、国王としての重責を担い、義務を果たすことができないということが分かったのです)」

 

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