歴史

防災歳時記11月3日 ゴジラ上陸

 今から59年前、1954年の今日11月3日、後に多くのシリーズ作品を産み出した東宝映画「ゴジラ」の第一作が公開された。

 

 東京湾の芝浦に上陸した古代の怪獣ゴジラが、銀座や有楽町の街並みや国会議事堂を次々と破壊し、為す術もなく逃げ惑う人々を描いたこの映画は日本中で話題となり、実に961万人もの観客を動員。

 

 後に欧米でも公開され、円谷プロの特撮技術を世界中に知らしめる代表作となったが、映画「ゴジラ」が単なる怪獣作品で終わらなかったのは、その背景にシッカリとしたテーマがあったからであろう。

 

 古代怪獣のゴジラは、もともと太平洋ビキニ環礁の海底に眠っていた。

 

 それが水爆実験で目を覚まし、日本の首都を襲撃することになったのだが、言うまでもなくこの水爆実験とは、1954年にアメリカが核実験を行い、日本の漁船が被ばくをした第五福竜丸事件から連想されている(プロデューサー田中氏の発想とのこと)。

 

 また、東京が襲われるというストーリーは、1945年の東京大空襲のとき、防空壕に避難していた円谷氏が考えついたアイデアだったという。

 

 いずれも現実にあった悲劇を怪獣に重ねあわせ、優れた撮影技術で表現することにより、見る者にリアルな恐怖を体感させる。

 

「いつか本当にゴジラが日本を襲うんじゃないか?」

 

 口から放射能を吐きまくるゴジラの姿を目にするとき、人々は核兵器や戦争に抱くのと同じ恐怖を深層心理で感じていたはずだ。

 

 1998年にアメリカで映画「GODZILLA」が公開されたとき、スピルバーグやジョージ・ルーカスがその酷い出来に怒りを覚えたという逸話がある。

 

 噂では、彼らにもリメイク版ゴジラの監督依頼が回ってきたが、円谷ゴジラの熱狂的ファンであるがゆえに、即座に断ったという話も。

 

 いずれも真偽の程は定かではないが、核や戦争の恐怖が背景にあった同作品は、単なるCG技術や脚本の変更でどうにかなる内容ではなく、偉大な監督2人をもってしてもリメイクは難しかったであろう。

 

 だとすれば、長く平和が続く日本でも、もうゴジラのような迫力の作品は作れないという理屈になってしまうが、一方で同映画の第一作から約60年が経過した今も、我々は東日本大震災によってあらためて放射能の恐怖に直面させられている。

 

 ゴジラは、あと何度、日本に上陸すれば許してくれるのだろうか。

 

 願わくば、南海の島で息子のミニラと仲良くしている姿のままでいて欲しい。

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