歴史

防災歳時記12月4日 最後の皇帝と暴力の帝国

 『帝国』というと「ローマ帝国」のように、絶対君主の「皇帝」が、戦争などにより併合した多くの属国を従えた国家形態というイメージがある。

 

 だから、いくら「国王(女王)」がいても、現在のオランダやイギリス(多くの植民地を従えていた時代のイギリスは『大英帝国』となるが)とは趣がちょっと異なる。

 

 それでは、世界で最後の「帝国」はどこか?

 

 今から36年前、1977年の今日12月4日、中央アフリカ共和国のジャン=ベデル・ボカサ大統領は、戴冠式を行ない、中央アフリカ帝国の初代皇帝ボカサ1世に即位した。

 

 この戴冠式には当時の国家予算の2倍にあたる2500万ドルを費やしたといわれるから、「帝国の皇帝」という語感に違わぬ暴虐ぶりである。

 

 そもそも中央アフリカとは、名前の通りアフリカの中央部、スーダンやコンゴと隣接する内陸国で、1960年にフランスから独立、ボカサ皇帝のいとこのダッコが初代大統領に就任したが、5年後に、当時国軍参謀総長だったボカサ中佐がクーデターを起こし、権力を掌握、そして2年後に皇帝に即位したいうわけだ。

 当然ながら、こんな皇帝だから国内の経済は悪化の一途をたどり、2年後の1979年にはまたもやクーデターが起きて、いとこのダッコが大統領に返り咲いた。

 

 だがダッコ政権も2年後の1981年には国軍参謀総長のコリンバによる軍事クーデターで転覆、その後、1992年に選挙によってパタセ大統領が誕生するが、2003年にはパタセ大統領外遊中に元参謀総長のボジゼが権力を掌握して暫定政権を樹立。

 

 そして、このボジゼ大統領も、反政府勢力セレカにより今年3月に政権の座を追われた。

 

 歴史を振り返れば、この国は暴力によって権力が移り変わる『暴力の帝国』。

 

 今年3月以来、国内では暴力が横行し、国民の10人に1人が家を失うという状況で、国境なき医師団は、同国の人道状況が極めて深刻化していることに警鐘を鳴らしている。

 

 戦闘のために食料も水もないままにジャングルに追い立てられ、森の中に隠れ住んでいる人も多くいるという。

 

 国連は、先月末、この『暴力の帝国』(もちろん現在の国名は「中央アフリカ共和国」だが)の混乱が周辺国を巻き込む危険性もあるとして、安全保障理事会に、同国へのPKO部隊派遣の検討を要求した。

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