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防災歳時記12月21日 南海地震 高知県の挑戦

 政府は19日、首都直下型地震が起きた場合に生じる被害が、最大で死者約2万3000人、経済的損失約95兆円とする最終報告を発表した(12/19掲載)。

 

 2011年3月11日に東日本大震災が発生し、あらためて警戒される日本列島及び周辺での巨大地震であるが、もう一つ懸念されているのが2040年頃までに60~70%の確率で発生すると地震調査委員会が想定している南海トラフ地震であろう。

 

 東海沖から九州・四国沖にかけて、広く長く伸びたこの震源域は、東から東海・東南海・南海の3つに分かれ、約100-150年の周期で過去に何度も巨大地震を起こしてきた。

 

 そしてその直近が、今から67年前、1946年の今日12月21日に紀伊半島沖で起きたM8.0の南海地震であった。

 

 南海地震とはいかなる地震だったのか。その詳細と共に振り返っておきたいのが南海トラフ地震の歴史である。

 

 地震調査委員会が60~70%と高い発生率を予測しているのも、それが一定の周期で発生しているためで、具体的には次のように推移している。

 

684年11月29日 M8 1/4 白凰南海地震
887年8月26日 M8 1/4 仁和南海地震
1096年12月17日 M8.0-8.5 永長東海地震
1099年2月22日 M8.0-8.3 康和南海地震

1361年8月3日 M8 1/4-8.5 正平南海地震
1498年9月20日 M8.2-8.4 明応東海地震
1605年2月3日 M7.9 慶長地震
1707年10月28日 M8.6 宝永地震
1854年12月23日 M8.4 安政東海地震
1854年12月24日 M8.4 安政南海地震
1944年12月7日 M7.9 東南海地震
1946年12月21日 M8.0 南海地震

 

 一番小さくてもM7.9の揺れ。それが高確率だと言われれば、これほど恐ろしいものはないだろう。

 

 実際、1946年12月21日に発生した南海地震では、高知県や香川県、和歌山県、兵庫県、岡山県、三重県の広範囲で震度6を観測し、九州や北陸で震度5、関東甲信越でも震度4を記録した。

 

 むろん被害も甚大であり、死者は1330名。家屋の全壊が1万1591軒に半壊が2万3487軒。他にも津波などで1451軒が流され、火事での焼失は2598軒にのぼった。

 

 特にダメージの大きかった高知県では、高さ4~6mもの津波に襲われ、地盤沈下とあいまって15平方キロメートルもの田園地帯が海面下に没するところもあったという。

 

 そして地震調査委員会の資料には、少々、目を引く記載もあった。

 

『地震の前後にあった事象』として、1584年の安政南海地震では「湯峰温泉、道後温泉、紀伊鉛山湾の温泉群が止まった」とあり、また、1707年の宝永地震や1498年の明応東海地震、1361年の正平南海地震などでも似たような報告が見られるのだ。

 

 大切なのは、『今すぐ温泉の監視を強化しよう!』ということではない。

 

 もちろん、こうした現象に注目し、何らかの対策を講じる価値もあるだろうが、それよりも『地震の発生は間違いない』ものとして、十分な防災・減災対策を講じておくことではなかろうか。

 

 実際、それを推し進めているのが他ならぬ高知県である。

 

 2013年5月、政府から発表された南海トラフ地震による高知県の被害予測は死者4万9000人であった。

 

 一方、防災・減災対策を進める同県ではこれを4万2000人と独自の予想を出しており、ゆくゆくは1800人、そして限りなくゼロにまで近づけるとの目標を掲げているのだ。

 

 誰だって、その目標が達成する『Xデー』が来ることを望んではいない。いや、もしかしたら今後来ない可能性だってある。

 

 それでも、高知県はゼロに向かって挑戦を続けるのだろう。

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