歴史

防災歳時記1月3日 青酸コーラ無差別殺人事件

 落ちてる物を拾って飲み食いしてはいけない。

 

 たとえ未開封のジュースでも、決して口をつけてはならない。

 

「なぜなら、中には青酸ソーダが入っており、死ぬかもしれないから」

 

 そんなバカなと思われるかもしれないが、これは実際に起きた昭和の事件。

 

 今から37年前、1977年の今日1月3日、電話ボックスで拾ったシアン化ナトリウム(青酸ソーダ )入りのコカ・コーラを飲み、当時16才の男子高校生が亡くなった。

 

 青酸ソーダ入りのコーラが置かれていたのは品川プリンスホテル(当時は品川スポーツランド) 前にある公衆電話ボックスである。

 

 なぜ、そんな人通りの多い場所に青酸ソーダ入りのコーラが置かれていたのか。

 

 言うまでもなく、青酸ソーダは「毒物及び劇物取締法」で毒物に指定されている極めて危険な物質である。犯人の狙いはなんなのか?

 

 そんな危険な出来事がマスコミで大々的に報道される前に、第2の被害者が出てしまう。

 

 高校生が青酸中毒で亡くなったその直後の4日午前8時15分頃、品川駅から600mほど離れた第一京浜の歩道上で倒れている作業員(当時46才)が発見されたのだ。

 

 彼もまた、同じ電話ボックスから拾った青酸ソーダ入りコーラを飲み、病院搬送後に死亡が確認された。

 

 事件はこれで終わらなかった。

 

 高校生と作業員が亡くなってから約1カ月後の2月13日、今度は大阪で当時39才の会社員が同じく公衆電話で拾った青酸ソーダ入りコーラを飲んでしまう(この会社員は一命を取り留めるも後に自殺してしまう)。

 

 そして再び舞台を東京に戻して、2月14日から東京駅や同駅の八重洲地下街、神田駅のトイレなどで立て続けに青酸ソーダ入りのチョコレートが発見される。

 

 1977年にはすでにバレンタインデーの風習はあったから、犯人もそれに合わせたのであろう。

 

 このときは幸い一人も被害者は出なかったが、なぜこんな犯行が実行されたのか、結局、真相は闇の中のままである。

 

 両事件の犯人が逮捕されないまま時効を迎えてしまったのだ。

 

 であるからして、「皆さんも、電話ボックスで拾ったコーラを飲まないよう…」と安易に文章を進める途中で、筆が止まってしまった。

 

 果たしてこの事件、現代にも同じようなことが起きるであろうか?

 

 すでに電話ボックスはほとんど姿を消しているし、そもそも未開封だからと言って、拾った飲料水を口に含むような、警戒心の希薄な人そのものが皆無であろう。

 

 たとえば公園のベンチに座ろうとして、コーラの未開封ペットボトルが置かれていたら…?

 

 喉の渇きに気づくより、その怪しさに眉をしかめてゴミ箱へポイッ。あるいは、一瞥くれただけでそのまま放置しておくのが自然なリアクションであろう。

 

 現代は、昭和に比べてちょいと殺伐とした世の中なのかもしれないが、これでいいのだ。少なくとも、悪質な無差別殺人犯がはびこる余地はない。

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