歴史

防災歳時記1月9日 史上最悪 深夜の大雪崩

 今から96年前、1918年(大正7年)の今日1月9日の深夜、新潟県南魚沼郡三俣村(現湯沢市)で国内では史上最悪の犠牲者を出した大雪崩が発生した。

 

 まさに「集落の裏山」の斜面で発生した表層雪崩が一気に民家を襲った。

 

 この雪崩で、34戸の家屋が倒壊して、155人の命が奪われた。

 

 表層雪崩の速度は時速300キロに達することもあるという。それは「一瞬」の出来事だったろう。

 

 そして、この大惨事から11日後の1月20日に、わが国災害史上2番目の雪崩が、今度は山形県大泉村(現朝日村)の大鳥鉱山の飯場を襲った。

 

 これも面発生の表層雪崩で死者は154人にのぼった。

 

 雪崩の衝撃力は1平方メートルあたり30〜100トンに達する。ビルをもすら破壊するエネルギーだ。

 なぜ、史上1番目、2番目に犠牲者の多い雪崩災害が同じ年に発生しているのか?

 

 それは、この1918年(大正7年)が「豪雪の年」だったから。

 

 表層雪崩は、気温が低く短時間に大量の降雪がある場合などに多く発生する。

 

 そして雪崩の被害に遭うのは、何も冬山登山者やスキーヤーだけとは限らない。

 

 一昨年の2012年(平成24年)2月には、秋田県仙北市の玉川温泉で、岩盤浴の客3人が雪崩に巻き込まれ死亡している。

 

 積雪量によっては、ひょんな場所で雪崩が起きないとも限らない。

 

 そして気象庁の12〜2月の3ヶ月予報では、この冬は寒く、日本海側では、冬の降雪量が平年並みか多い、と予想されている。

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