歴史
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防災歳時記2月15日 世界一のハッカーを捕まえた日本人

 今から19年前、1995年の今日2月15日、アメリカで最も有名だったハッカーのケビン・ミトニック(当時31才)が米国連邦捜査局(FBI)に逮捕された。

 

 それまで、捜査当局の電話を盗聴したり捜査データをハッキングで入手するなどして、約10年にわたって逃げ続けてきた彼が、なぜ捕まることになったのか。

 

 その背景には、逮捕に協力した一人の日本人がいた。

 下村努(当時30才)は、カリフォルニア大学サンディエゴ校でスーパーコンピューターの研究員として働いていた。

 

 アメリカでもトップクラスのセキュリティ知識を持った下村は、米国企業から国防に関わる当局まで、様々な機関・団体から技術協力を求められるほどの実力で、その中にはFBIも名を連ねていた。

 

 そのことが当時のネットワーク社会で暗躍していたハッカーのケビン・ミトニックには気に入らなかった。

 

 FBIに協力する下村もオレの敵だ! そう考えたケビンは1994年末、下村の自宅コンピュータに侵入すると、相手を愚弄するメッセージを残すと共に、ハードディスクの中からデータを盗み出したのである。

 

 しかし、このことが結果的に逮捕劇に繋がることとなる。

 ケビンが盗みだしたデータは「WELL」というネットワークの仮想世界に隠されていた。

 

 そのことに気付いたWELLの主催者が下村本人へ連絡。ケビン・ミトニックに間違いないと判断した下村は、それ以降、FBIと共に監視を強化し、電話の通話記録などから少しずつ場所を特定していく。

 

 そして1995年の2月15日、ついに彼らはケビン・ミトニックを追い詰めるのである。

 

 当日は、ノートパソコンと周波数探知アンテナを持ちながらノースカロライナ州のローリー市内をクルマで走り回り、ケビンの使用するモデムを捜索。これをついに発見するという、まるで映画のような逮捕劇となったのだ。

 

 このときケビンは、初対面の下村に向かって「君の技術には脱帽したよ」と、これまた物語のようなセリフを残したという。

 

 まるで全てがドラマのように展開しているが、もちろんこれは全て事実であり、それを元にした映画『ザ・ハッカー』も実際に作られている。さらなる詳細を知りたい方はこちらをご覧になられると良いかもしれない。

 

 一つ補足ネタを入れておくと、下村は、2008年にノーベル化学賞に輝いた下村脩・理学博士の実子である。

 

 蛙の子はまさに蛙だったとしか言い様がない。

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