歴史

防災歳時記3月11日 東日本大震災から3年という歳月

 今日は3月11日。言うまでもなく、あの東日本大震災から丸3年が経った。

 

 多くのメディアが、ここのところ東日本大震災の企画番組を放送したり、特集記事を掲載したりしている。

 

 あれから3年、われわれは何を為し、何が変わったのか?

 

 ある新聞は、いまだ福島産の野菜が風評被害に苦戦しているとの記事を掲載している。

 

 産地での徹底した安全管理の結果、除染のできない山林で育つ野生のものはともかく、多くの野菜が基準値を遥かに下回るようになり、出荷制限も解かれた。

 

 しかし、それでも一度損なわれた「ブランドイメージ」は復権しがたく、出荷価格は震災前には戻らない。

 

 その一方で、原子力規制委員会の田中俊一委員長は、先週の記者会見で、2012年春に定めた食物摂取の新基準(1キログラムあたり100ベクレル)について、「欧州の10分の1以下。非常に疑問」などと、現在の基準値が厳しすぎるとの疑問を呈した。

 

 今になってなぜ?いや「今になったからこそ」言えるようになったのかもしれないが、この3年間の、そして今後も続くであろう福島県の生産者たちの血のにじむ努力はなんだったんだろうか?と胸が痛む。

 また他紙の紙面には、被災地の沿岸部での人口減少が進んでいると書かれていた。

 

 その記事によれば岩手県山田町、陸前高田市、宮城県南三陸町、福島県南相馬市など7自治体では10%以上も減っているという。

 

 また経済復興も決して順調とは言えず、被災地の商店街再建もままならず、沿岸部の74市町村のうち、仮設商店街の設置期限延長をしなかったのは、わずか1カ所にとどまったという記事もあった。

 

 思い起こせば震災直後、多くの政治や行政に携わる人々が、復興について、「◯◯を3年以内に…」などと、「震災から3年」という歳月を、さまざまなものの「一区切り」にあげていた。

 

 そしていつしか、その3年が過ぎた。

 

 安倍晋三首相は8日に福島県いわき市を訪れ「風評被害を払拭させる」と激励した。

 

 安倍昭恵夫人と小泉進次郎復興政務官は、昨年12月に自民党本部で開かれたシンポジウムで、被災地に作られている「巨大防潮堤」について、「自然の景観」か「人の命」か?の是非について対決したと聞く。

 

 だが、われわれひとり一人が、この3年間に本当に議論し、為さねばならなかったことは、一体何だったのか?

 

 政府は、今日午後2時46分から、1分間の黙とうを呼びかけている。

 

 東日本大震災を教訓に、この3年間、本当は自分が、何を考え、何を為さなければならなかったのか、深く省みる機会としたい。

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