歴史

防災歳時記4月14日 江戸ノスタルジックな日本橋 開通

 今から411年前、1603年の今日4月14日、初代日本橋が開通した。

 

 初代というからには何代も続いているワケであり、江戸時代の木造橋は火災が原因で幾度も焼失。現在の日本橋は実に19代目となっている。

 

 その19代目は、1911年に作られた石造二連アーチ橋(長さ49メートル・幅27メートル)であり、1999年には国の重要文化財にも指定された。

 

 だからこそ日本橋は特別な存在で…はなく、この橋がオンリーワンとして世間によく知られているのは、かつてここが「道路元標」となっていたからであろう。

 

 道路元標とは、道路の起点である。

 

 古くは東海道や中山道など、江戸の五街道に始まり、明治時代になっても日本橋は東京市の道路の起点となり(地方では県庁や市役所に道路元標が置かれていた)、主要道路の重要拠点になっていた。

 

 そして今も、と続けたいところだが、実情は少々異なる。現行の道路法には「道路元標」に関する規定はない。

 

 つまり、過去の慣習からなんとなく道路の中心とされているだけで、明確な法的根拠はないのである。

 

 それでも国道1号(終点・大阪市)、4号(終点・青森市)、6号(終点・仙台市)、14号(終点・千葉市)、15号(終点・横浜市)、17号(終点・新潟市)、20号(終点・長野県塩尻市)の7国道は、現在も日本橋が起点とされており、やっぱり特別な存在であることには間違いない。

 

 また、江戸時代には周辺に金座や銀座、大名屋敷や商家などが多数あったため、時代劇にも欠かせない町であり、日本橋と聞いただけでなんとなく江戸ノスタルジックな感覚を抱かせるスポットでもあるだろう。

 

 しかし今、日本橋がかかる日本橋川の上には首都高速道路が通っている。川は常に日陰にさらされ、暗くジミジミと水が淀んでいるようにも見える。

 

 2006年には「日本橋川に空を取り戻す会(日本橋みち会議)」が、首都高速道路を地下に移設する計画をまとめたが、5000億円もの費用が見込まれ、計画は進んでいないようだ――。

 

 古き良き景観は、ぜひとも取り戻していただきたい。さりとて血税は無駄に使うべきではない。そして計画は何も進まない…。

 

 首都直下型地震や南海トラフ地震などを想定した、災害対策万全の工事を提言すれば、少しは理解も得られると思うのだが。

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