歴史

防災歳時記4月19日 ボストンマラソンに優勝したアトムボーイ

 今から63年前、1951年の今日4月19日、一人の日本人ランナーが2時間27分45秒の記録で、ボストンマラソンのゴールを駆け抜けた。

 

 日本人初のボストンマラソン優勝者 田中茂樹(当時19歳)。

 

 終戦からわずか6年。在米邦人も含め、日本中が、いや世界中が歓喜した。

 

 「敗戦国が戦勝国に乗り込んで勝利!」

 

 世界をこのビッグニュースが駆け巡った。

 

 田中は広島県庄原市の出身。14歳のある朝、朝礼の最中に、遠くで光る原爆の閃光を見ていた。

 

 田中がマラソン出場のためにボストンに到着するや米国防総省のエージェントに連行される。

 

 何枚もの被ばく写真を見せられ、「これは本当か?」と尋問された。

 

 地元の新聞には「アトムボーイ ヒロシマから出場!」の見出しが躍っていた。

 田中が見事1位でゴールするやいなや、外国人新聞記者たちが血相を変えて詰め寄ってきた。

 

「早く靴を脱げ!」

 

 日本には明示以来、陸上長距離種目の「秘密兵器」があった。

 

 それは「マラソン足袋(たび)」。

 

 もともとは本当の地下足袋だったが、それが進化し、田中はボストンマラソンの2年前に設立された「鬼塚株式会社=オニヅカタイガー=現アシックス」の「マラソンシューズ」を履いていた。

 

 外国人記者たちは、マラソン足袋を脱いだ田中の足を見て、一様にほっとした。

 

 「日本人は足の指が2本しかないのか?」、真剣にそう疑っていたのだった。

 

 ボストンマラソンにはいつもドラマがある。

 

 初めて女性マラソンランナーを受け入れたのもボストンマラソン。

 

 1967年に無理やり出場した女性ランナーを主催側が排除しようとしたが、他の男性ランナーが彼女をガードしてゴールへと導いた。

 

 一方で、このマラソンが元々は米国の「愛国者の日」にちなんで開催されることもあってか、昨年は悲しいテロ事件の標的となった。

 

 そして、今年も21日、つまりあさって、この伝統のマラソンが開催される。

 

 米治安当局は、例年にない大規模な警戒体制を敷き、外務省は注意喚起情報を発表している。

 

 数々のドラマを生んだ伝統のボストンマラソン。

 

 今年こそは、是非とも感動を呼ぶ「楽しいドラマ」を期待したい。

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