歴史

防災歳時記4月20日 サンゴと「こころ」と朝日新聞

   今日は朝日新聞の話をしよう。


   というのも「4月20日」は朝日新聞にとって、名誉と不名誉の両方を被った日だからだ。


   まずは良い方から。今からちょうど100年前の1914年(大正3年)の今日、朝日新聞の紙面で夏目漱石の『心 先生の遺書』の連載が始まった。のちに『こころ』と改題されたこの長編小説は、言わずと知れた漱石の代表作だ。


   明治天皇の崩御と乃木希典の殉死で明治が終わり、新たに大正が幕を開けた……。『こころ』はそんな時代を背景として、人間のエゴイズムと倫理観との葛藤を描き、今なお名作として親しまれている。著名作家が新聞紙上で小説を連載した例は数あれど、『こころ』は吉川英治の『宮本武蔵』などと並んで最も有名な連載小説と言っても過言ではないだろう。

   次に、不名誉な方について。今から25年前の1989年の今日、朝日新聞の夕刊に、6段抜きのカラー写真がでかでかと掲載された。写していたものは、沖縄県西表島にある世界最大級のアザミサンゴが、無残にも「K・Y」という落書きで傷つけられた姿だ。


   写真に添えられた記事は「サンゴを汚したK・Yってだれだ」との見出しで、世界の観光名所における日本語の落書きの多さなどを挙げ、日本人のモラル低下を嘆いていた。当時、写真を目にした人は、周囲20メートルという見事なサンゴにくっきりと刻まれたイニシャルにさぞ心を痛めたことだろう。


   ところが、この記事に対し、毎日西表島の海に潜っている地元のダイビング組合は「サンゴに傷はなかった」と反発。これを受け、朝日新聞が社内で調査したところ、なんと「K・Y」の写真は取材したカメラマンの”自作自演”だったことが判明した。


   朝日新聞は当初、カメラマンが元々あった傷をわかりやすく撮影するため「ストロボの柄でこすった」としていたが、調査の末、最終的には「無傷のサンゴに文字を刻んだ」と判断。写真は捏造だったとして、5月20日の朝刊で全面的に謝罪した。

   環境保護を訴えるキャンペーン記事を掲載していた朝日新聞だけに、読者からは批判が殺到。当時の社長は引責辞任し、カメラマンは懲戒解雇、さらに自然環境保全法違反で検察庁に送致される異例の展開となった(後に不起訴処分)。


   そして、この事件を受け、西表島の海には「K・Y」サンゴ目当てでマスコミやダイバーが集まり、結果的に周辺のサンゴをさらに傷つけることになってしまった。


   スクープへの渇望がカメラマンを動かしたとは言え、彼の心に葛藤はなかったのだろうか……。


   なお、夏目漱石の『こころ』は連載100周年を記念して、4月20日の朝刊から”再連載”がスタート。当時と同じ全110回に分けて、8月まで掲載する予定という。

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