歴史
Loading

防災歳時記4月23日 伊勢神宮は敬して賽銭を投げるべからず

 今年3月下旬、天皇陛下が20年ぶりに「三種の神器」を持参して、伊勢神宮を参拝された。

 

 祀られているのは、天皇の祖先神である天照(アマテラス)大神なのだから、古代からずっと天皇は、こうして参拝をされていたのだろう――と思うかもしれない。

 

 しかし、意外や意外、江戸時代までの歴代天皇で伊勢神宮を参った記録は皆無。

 

 初めて参拝したのは明治天皇であり、それは今から145年前、1869年の今日4月23日だった。

 

 江戸から明治へと変遷する「明治維新」というと、武士の世を否定して天皇を第一にした「古代政教の伝統復活」と考えがちかもしれない。

 

 ところが、である。たとえば、仏教と共に育んできた神道を無理やり分離(廃仏毀釈)するなど、明治新政府が行った政策は必ずしも伝統を重んじた内容ばかりではなかった。

 

 天皇の伊勢神宮参拝もその一つ。これまで禁忌とされていた参拝を突如解禁としたのだ。

 

 しかしなぜ、天皇による伊勢参拝は、それまでタブーとされてきたのだろうか。

 

 もともとアマテラスという神様は、第10代・崇神天皇(3世紀から4世紀に実在という説が有力)の時代には、天皇と共に皇居に祀られていたとされている。つまり奈良県辺りにいたのであろう。

 

 しかし、「神威(神の力)が強すぎることを恐れ、共に暮らすことを不安に覚えた」という崇神天皇が、当時の皇族女性にアマテラスのご神体(鏡だったと推測される)を託して、まずは皇居の外へ出した。

 

 そして、そのあとを継いだヤマト姫が日本中を旅して、ふさわしい安置場所としてたどり着いたのが伊勢――。

 

 要は、「力の強すぎる神様が落ち着いていられる場所をようやく伊勢に探し当てた」ということであり、その後、歴史書で、天皇の祖先神アマテラス=伊勢の神と明記されるのは、飛鳥時代の天武天皇(在位673-686年)になってからである。

 

 この頃すでに天皇が伊勢神宮を直接参拝するのはタブーとされていた可能性が高く、例えば天武天皇の妻・持統天皇は、伊勢へ旅行(行幸)をしているが、にも関わらず、わざわざ「伊勢神宮には参拝しなかった」という記述が残されるほど。

 

 さほどにアマテラス大神の力は強すぎて、天皇にとって近づきがたい存在であった。

 

 明治新政府になって、突如その禁を破ったのは、日本が新しい世界へ飛び出していくための挑戦の一つであり、天皇の力を世に知らしめる狙いがあったのかもしれない。

 

 なにより、千年以上も続いた伝統を打ち破った明治天皇御自身が、新しい価値観を持たれていた証左でもあろう。

 

 一方、我々庶民のなんと気軽なことか。

 

 江戸時代の頃から『伊勢参り』という言葉があり、庶民が伊勢神宮へ旅行に出かけるのは今も昔も変わりがないが、今後、初めて参拝に出かける皆さんは、事前に一つだけ注意しておきたいことがある。

 

 それは、お賽銭である。

 金額の大小の問題ではない。伊勢神宮はもともと、国家安寧と言ったレベルのことを願う場で、天皇などを含めて個人的な願いをすることが許されない場所だった。この伝統から、個人に開放された今も、お賽銭を投げることは禁じられているのだ。

 むろん、心の中で良縁・出会い、商売繁盛などを祈ることはOK。ただ、その前に神様への感謝の気持ちを伝えてみてほしい。きっと、心を洗われる経験ができるだろう。

 

※参考文献 田村圓澄『伊勢神宮の成立』(吉川弘文館1996年刊・2009年再刊)