歴史
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防災歳時記4月26日 THE BLUE HEARTSとチェルノブイリ

 今から28年前、1986年の今日4月26日、ソビエト連邦(現在のウクライナ)のプリピャチにある「チェルノブイリ原子力発電所」で、4号炉が炉心溶融を起こし、爆発した。

 

 後に定められた国際原子力事象評価尺度(INES)で最も深刻な「レベル7」に分類される、史上最悪の原子力災害である。


 IAEA(国際原子力機関)の公式見解による死者数は4000人。被曝とがんや白血病などとの因果関係が科学的にはっきりせず、死者は数百人とも数十万人とも言われるが、いずれにしろ商用の発電炉の歴史において、放射線による死者が出たのは初めてだった。

 事故の余波は世界中に広がり、日本でも原発への不安が急増した。

 

 そして、原発政策を進めていた政府が「日本の原発はソ連型のチェルノブイリとは異なるアメリカ型」と火消しに躍起になる中、1988年にはその名も「チェルノブイリ」という楽曲があるロックバンドから発表された。

 

 前年の1987年にメジャーデビューを果たしたばかりのTHE BLUE HEARTSだ。

 

 すでに「リンダリンダ」などのヒット曲があったとは言え、新進のアーティストとしては思い切った行動と言える。歌詞もストレートそのもので、例えば……

 

   誰かが線を引きやがる
   騒ぎのどさくさにまぎれ
   誰かが俺を見張ってる
   遠い空のかなたから

 

   チェルノブイリには行きたくねぇ
   あの娘を抱きしめていたい
   どこへ行っても同じことなのか

 

……といったもの。

 放射性物質を含んだ「黒い雨」が世界中に降り注ぐような光景を連想させたり、「地球は誰のものだ?」と訴えかけるようなフレーズもある。

 

 このシングルは当時、ブルーハーツが所属していたレコード会社の親会社が原発事業にたずさわる三菱電機だったため、とても販売許可はおりず、自主制作レーベルとして発売された。レコード会社を説得する選択肢もあったが、「できるだけ早く世に出したい」というメンバーの意向を汲んでの決定だったという。

 2011年3月に福島第一原発事故が起き、「チェルノブイリ」は改めて注目された。「チェルノブイリには行きたくねぇ」という歌詞は、地名を「福島」に置き換えると、胸を鷲掴みにされるような痛みを感じる。


 福島第一原発の事故も、暫定評価ではあるが、チェルノブイリと同じ「レベル7」だ。数十万人もの住民が移住を余儀なくされ、いくつもの集落がゴーストタウンになった……"遠い異国"の話が、"私の国"の事故になってしまった痛み。

 

 現在のチェルノブイリは「28年後の福島」なのだろうか。それはわからない。わからないが、遠くチェルノブイリを見据えながら、未来の福島をどんな姿にしたいか、考えたいと思う。