歴史

防災歳時記5月1日 音速の貴公子が逝った日

 今からちょうど20年前、1994年の今日5月1日、イタリア イモラ・サーキットで開催されたサンマリノGPの決勝、長い超高速コーナーで「音速の貴公子」が逝った。

 

 アイルトン・セナ 享年34歳。

 

 そのレースは当初から不吉な予兆にあふれていた。

 

 予選初日、ルーベンス・バリチェロがクラッシュし、鼻骨を骨折。予選2日目にはローランド・ラッツェンバーガーがクラッシュして死亡。

 

 12年ぶりのF1グランプリ中の死亡事故だった。

 

 そして迎えた決勝。音速の貴公子はポールポジションからスタートしたが後方の事故によりセーフティカーが導入。

 

 再スタートとなった直後の7周目、貴公子はミハエル・シューマッハを従え、時速312キロの猛スピードで、長い超高速コーナー「タンブレロ」に進入した。

 

 ゆるい左コーナーで、セナの乗るウィリアムズ・ルノーFW16の青い車体は直進し、スローモーションを見るかのように、コンクリート・ウォールに吸い込まれていった。

 

 上空のヘリからは、まるで眠るように首を垂れた貴公子の姿が、いつまでも、いつまでも、映し出されていた…。

 セナと言えば、「セナ足」と呼ばれる独特のドライビングテクニックを持っていた。

 

 1秒間に6回もアクセルを小刻みに開閉する、そのテクニックで誰よりも高い回転数をキープしてコーナーを抜けていくが、その「けいれん」とも言えるアクセルワークは誰も真似できず、その原理も解明されなかった。

 

 「1秒間に6回」というスピードは、すでにコンピュータ制御の領域。

 

 マクラーレン・ホンダとして、かつてセナにエンジンを提供していたホンダの技術者たちは、コンピュータに「ノイズ」としか認識されないセナ足を、他の雑音からより分けるのに苦労したという。

 

 セナは「人間がクルマをコントロールする時代=20世紀」の頂点に立つドライバーだった。

 

 そして時代は、クルマがクルマを運転する時代へと急速に傾斜している。

 

 最近話題の「自動走行システム」。

 

 2020年には、人がハンドルを触らずに目的地まで行き着けるようになるという。

 

 さもありなん。

 

 史上最高の運転技術を持った音速の貴公子ですら、人間が運転する限り、事故は避けられないものだったのだから…

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