歴史

防災歳時記4月30日 名曲「軍艦マーチ」の初演奏

 今から114年前、1900年の今日4月30日、おそらく日本で一番有名な軍歌である「軍艦マーチ」が神戸の観艦式で初めて演奏された。

「守るも攻めるも黒鐵(くろがね)の」で始まる同曲(Youtube)は、正式名称を「軍艦行進曲」といい、1900年に演奏されてからというもの特に海軍で好まれ、当時は海軍省の制定行進曲にも指定。1941年の日米開戦時にも繰り返し流されたという。

 

 現在も海上自衛隊の進水式や各種式典などに用いられているが、戦後、この曲が軍歌の枠におさまらず広く国民に浸透したのは、第一にパチンコ屋の影響が大きいだろう。

 

 昭和のパチンコ屋は、兎にも角にも軍艦マーチ。全国100%と言い切ってもいいほど、この曲が流されていた。

 

 勇ましく盛り上がる曲調ながら、どこか楽しげなメロディは、遊技場の曲にピッタリだったのだろう。25年以上も前のパチンコ屋はどこかノンビリとしていて、現在のように数万円もの大金が消えていくような鉄火場ではなかった。

 

 昭和の軍艦マーチは、パチンコ屋以外では特に子供たちに気に入られ、たとえば頻繁に替え歌で使われたりもした。

 

 筆者が覚えているのは下ネタバージョンゆえにここで披露することは遠慮させていただくが、今でも忘れられないほど友人たちと熱唱。またこの曲は漫画「ドラえもん」や映画「火垂るの墓」などでも使われており、必然的に子供たちの頭に入っていた。

 

 軍歌でありながら、昭和の生活にも馴染んでいた、摩訶不思議な軍艦マーチ。

 

 最も意外なところでは、岩手県盛岡第一高校の校歌になっており、甲子園でも流されたことであろうか。

 

 1968年の第50回全国高校野球選手権大会に出場した同校は、徳島県代表の鴨島商業高校に勝利し、甲子園のアルプスにあのメロディーを鳴り響かせた。

 

 といっても、曲はかなりのスローテンポで旋律も若干変わっており、事前に同じ曲だと説明されなければ誰も気づかないだろう(Youtube)。

 

 しかし最近、オリジナルの軍隊マーチそのものをめっきり聞かなくなった。

 

 さすがに曲調が古くなりすぎて、平成の世には受け入れられなくなったのか。今や鉄火場と化したパチンコ屋には相応しくないと判断されたのか。そもそも存在を忘れ去られてしまったのか。

 

 軍歌でありながら、どこかポップでコミカルなメロディは、人々の心を楽しくさせてくれる名曲だと思うのだが。

 

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