歴史
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防災歳時記5月3日 朝日新聞阪神支局襲撃事件と潜在右翼

 今から27年前、1987年(昭和62年)の今日5月3日、兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局に散弾銃を持った男が乱入、29歳の記者と42歳の記者に発砲し、29歳の記者の命が奪われた。

 

朝日新聞阪神支局襲撃事件

 

 3日後に「赤報隊一同」名の犯行声明が届き、「反日分子には極刑あるのみである」などの内容が記されていた。

 

 その後も朝日新聞名古屋本社社員寮襲撃事件、朝日新聞静岡支局爆破未遂事件、中曽根・竹下元首相脅迫事件、江副浩正元リクルート会長宅銃撃事件、愛知韓国人会館放火事件と「赤報隊」名の事件が続いた。

 

 それらの事件における犯行声明では、犯人が「反日マスコミ」と断罪した朝日新聞を始めとするマスコミへの憎悪、元首相への靖国参拝の要求、在日韓国人への憎悪などが書き綴られていた。

 

 結局、真犯人は分からないまま、すべての事件は公訴時効が成立、いまだ真相は闇の中となっている。

 これら一連の「赤報隊事件」は、「右翼団体に所属する人間」が起こした、と推測するのが普通だが(実際、警察は多くの右翼団体の人間を捜査した)、細かい点が従来の右翼の主張とは異なることから、新右翼の論客 故野村秋介氏は「赤報隊は右翼ではない」と指摘、さらに新右翼「一水会」最高顧問の鈴木邦男氏も「絶望的な気持ちを持っていた潜在右翼」と論じた。

 

「潜在右翼」

 

 本当は右翼的な思想を持ち、その時が来れば実力行使も辞さない覚悟を持ちながら、普段は自身が右翼思想の持ち主であることを公言しない人物のことを指す公安警察の用語で、「心情右翼」とも呼ばれる。

 

 赤報隊の主張を今改めて読み返してみると、昨今「ネトウヨ」と呼ばれる人々の心情に近いものを感じざるを得ない。(現在のネトウヨの人々がテロに走ると短絡的には思わないが、事件当時も、赤報隊の心情に同情を示す新聞の論説も少ないながら存在した)

 

 そう、昔からこの国には、戦後マスコミの論調や、日本の国際社会でのあり方や国家としての姿勢(憲法9条問題や靖国参拝の問題も含め)に違和感を感じつつ、日ごろは「普通の人」として生活し、ことさら政治主張もしない層=潜在右翼がいたのだ。

 

 そしてインターネットとという匿名性が確保された舞台が与えられたことによって、潜在右翼層はネトウヨ層として顕在化してきた。

 

 テロで人命を奪ってよいわけはないが、最近になって急に日本が右傾化したわけではなく、今も昔も「赤報隊的心情(もしくは政治思想)」を持っている層は、変わらず存在したということ。

 

 いや、潜在右翼層の顕在化を憂いているわけでなない。

 

 むしろ逆に歓迎している。この国には右寄りの考え方も、左寄りの考え方も、それを表明すると未だに、変な色眼鏡で見られる風土が残っている。

 

 右であろうが左であろうが、思想信条を明確にし、冷静な議論をすることを奨励する政治風土こそが、実力行使によって世論を変えようとした「赤報隊事件」のようなテロ事件を未然に防ぐ最良の策だと思えるからだ。