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  • 歴史

あなたの地元の本当の名前、知っていますか…!?

“震災大国”日本において、自然災害を乗り切るための心得は数多く存在する。だが、悲しい過去を忘れさせたり危険を隠したりするため、一部の地域において震災の痕跡が跡形もなく消されてきた事実はあまり知られていないだろう。

実は、国内には大地震や大津波を経験し、新たな名前に生まれ変わった地域が少なからず存在する。そんな「天災地名」をたどることで、災害にまつわる教訓を得ようというのが当連載。初回となる今回は、災害の過去へのアプローチ方法を学ぶべく、「震災の温故知新」をテーマにしたあるイベントに密着した!

第1回 津波防災に関する講演「過去を知って未来に備える」取材レポート!!

突然だが、みなさんは11月5日が何の日かご存じだろうか。実は、知る人ぞ知る(ではマズいのだが…)「津波防災の日」である。それにちなんで11月10日、津波防災に関する講演会「過去を知って未来に備える」(主催:気象庁)が開催。気になる講演会のプログラムをのぞいてみると…。

 講演1:防災講談『お助け庄屋 流離譚』 木原 実氏
 講演2:『千年一度の巨大地震の例 -1498年明応東海地震と1707年宝永南海地震-』 都司嘉宣氏 
講演3:『津波から逃げる -津波警報を活用して頂くために-』永井 章氏 

これなら震災の爪痕についてしっかり学べそうな予感十分! そこで、連載初回はこちらのイベントレポートからスタート!!

震災を見据えて「未来に備える」大切さとは?

トップバッターは日本テレビのお天気キャスターでおなじみ木原 実氏。その軽妙な語り口で展開されたのは、「稲村の火」でも知られる濱口梧陵の生涯について。概要を簡単に説明しよう。 

 時は江戸末期。紀伊国広村で醤油醸造業を営む濱口梧陵は、1854年11月5日、「安政南海地震」に見舞われた。

地震の後、梧陵の目に映ったのは、村に押し寄せる大きな津波。梧陵は高台にある自らの屋敷に村民を避難させるべく、庭の稲の束に火を放ち、大きな炎の目印を作った。

高台に上がる炎を見て、火事だと思って駆けつける者、避難場所と察知して駆け寄る者など、さまざまな思惑で梧陵の家に集まる村民たち。彼らは梧陵のおかげで無事に避難することができた。

だが、命は助かったものの、津波によって村は荒廃し、多くの村民は仕事を失った。それに伴い、ひとり、またひとりと村を去るものが現れた。

 「このままでは村がなくなってしまう…」

故郷の崩壊を予感した梧陵は、村の復興を果たせる方法を考えた。そこでひらめいたのが村に堤防をつくること。大規模な工事を村民たちの定期仕事とし、住民離散を食い止めようと考えたのだ。

気持ちを固めた梧陵は、莫大な私財を投げ打ち堤防造りを開始。村民に100年先も安心した生活を送ってほしいという願いも込め、4年半もの歳月を費やし、立派な堤防を完成させたのだった。

それから88年が経った1946年。「昭和南海地震」により広村は再び大津波に襲われたが、件の堤防のおかげで大きな被害を出さずに済んだ。梧陵の願いは彼の死後も生き続け、村民の生活を守るという役目を見事に果たしたのである。

以上が、講談の大枠だ。被災地の復興だけではなく「未来に備える」までを実践した濱口梧陵。その生き様をあらためて知ることで、これからの防災への向き合い方のヒントをつかんだ参加者は少なくなかっただろう。

これから10年は直下型地震の潜伏期間!

濱口梧陵の微笑ましい話から一転、次に待ち受けていたのは都司氏による恐ろしい話だった!

序盤から「大地震が起きるかもしれないから、向こう10年くらいは油断しないほうがいい」と参加者一同、脅されたわけだが、そこには歴史に基づく理由があった。実は過去に発生した3.11レベルの「海溝型地震」は、数年後に新たな「直下型地震」を引き起こしてきたのだ。

直下型地震と海溝型地震の関係は「将棋崩し」をイメージするとわかりやすい。直下型地震は活断層のズレによって発生するもので、「将棋崩し」で駒同士が滑ってぶつかった状態に近い。一方、海溝型地震は将棋盤自体を揺らす存在。そのため、大規模な海溝型地震が起きると、その影響で活断層が揺れ、直下型地震が起きやすいという。 

なお、歴史的には大規模な海溝型地震が起きてから4年くらいの間に直下型地震が発生している。3.11は発生から2年も経っていないので、近い将来、直下型の地震を引き起こす可能性が低くない。だからこそ、向こう10年は油断するなというわけだ。

震災時の津波予測が改善! 正確な計測の後、数値発表へ

最後に登場したのは気象庁の永井 章氏。気象庁では3.11で誤解を招く津波警報を発表した反省をふまえ、津波警報等の見直しを実施したという。永井氏からは、従来の問題点と今後の改善点について報告があった。

まずは従来の津波警報の問題点について。「現在の技術では巨大地震が起きた直後に、その規模を正確に測るのは難しい」というように、実際はM9.0だった3.11をM7.9と計測してしまったことは、技術的には仕方のないことだったようだ。

だが、その後に地震の規模を測り直さず、そのままM7.9として見積もったのはNG。誤ったマグニチュードに基づき津波の高さを予想したため、津波警報の第一報は岩手3m、宮城6m、福島3mと控えめな数字を発表。それが被災者に無用な安心感を与え、逃げ遅れを誘発してしまったのだ…。

さらに、津波は第1波、第2波、第3波と繰り返し襲ってくるもので、特に後続の波のほうが高さが増すにもかかわらず、地震発生直後に観測される第1波の数字を発表したのもNG。それによって、被災者に規模過小なイメージを与えてしまった…。

以上が従来の津波警報にまつわる問題点だ。気象庁では今後、これらの問題を次のように改善していくという。

 「マグニチュードの予測については、M7.9という推計が過小かどうかを判断するシステムを導入し、システムがM7.9という予測は過小な計測、つまりもっと大規模な地震だと判断した場合は、当該海域で想定される最大のマグニチュードで津波警報を発表します。また、マグニチュード8を超える巨大地震の場合は、津波の予想の高さを『巨大』や『高い』という言葉で発表し、非常事態であることを強調。その後、正しい地震の規模が分かり次第、津波の高さを数値で発表します」(永井氏)

以上が津波警報に関する主な改善点である。これが実践されれば、今後はマグニチュードが過小に見積もられたり、それによって誤った津波警報が出されることがなくなり、被災現場で情報の誤解による震災被害も生まれなくなるだろう。

さて、講演者がそれぞれ異なる観点から震災へのアプローチを試みた当講演会。防災意識を高めるきっかけになったのはもちろんだが、それに加え、三者に共通する「過去への学びを未来に生かす」という姿勢は、今後、天災地名を探る際、ぜひ参考にしたいところである。

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