救助

名取市閖上地区の側溝で初捜索 ボランティア70人が参加

 宮城県名取市の閖上地区で4月27日、全国から70人近いボランティアが参加し、町内の側溝での遺体捜索が初めて行われた。閖上地区では、800人近くが東日本大震災の津波によって犠牲になり、2年以上経ったいまも41人が行方不明のままだ。


 今回の捜索は、被災地で捜索活動などを行っている「復興支援プロジェクトSTEP」や「災害・環境支援団体Nine」、「福興浜団」の3つの任意の支援団体が呼びかけたもので、記事を見て参加した閖上の遺族の姿もあった。


 また、遺族でつくる「震災犠牲者を悼む会」(悼む会)では、「宮城熊さん」のラーメン80食を用意。当日の捜索参加者に振る舞った。


 この日は主に、市が再開発を計画している閖上2丁目と7丁目を重点的に捜索。小さな骨が数多く見つかったものの、行方不明者の手がかりにつながるようなものはなかったという。ただ、今後も引き続き、町内の側溝の捜索を行っていく予定だ。


 当時8カ月の長男・雅人君ら家族2人の行方がわからないままの竹澤守雅さんは「41人の行方不明者家族の多くは、このまま再開発が進んだら見つからないとあきらめている。でも、まだ捜索してくれる人たちがいることを知ってほしい」と思いを訴える。


 なお、歴史学者の飯沼勇義氏が3月に出版した『解き明かされる日本最古の歴史津波』(島影社)を悼む会経由で購入することによって、印税の一部が遺体捜索のための寄付に充てられるという。

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