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知ったらドン引き?恵方巻きの由来 仕掛けたのはアノ業界

 きょう2月3日は節分の日…。とはいえ、住宅事情もあって、最近では大声を出しながら豆まきをする光景も見られなくなり、もっぱら「恵方巻き」を食べる習慣のほうが一般的になった。


 その年に神様がいる方角(恵方)を向いて願いが叶うよう祈りながら、両手で支えて太巻きずしをほおばるこの風習は関西発祥のため、関東以北に広まったのは、せいぜいここ十数年と歴史が浅い。


 その最初の火付け役は、大手寿司チェーン、小僧寿し。1980年代後半に「縁起巻」という商品名でテレビCMを展開したが、認知度は高まらなかった(「縁起巻」は現在もある)。


 一度は関東のマーケットから消えかけた「節分の太巻き寿司」が再び脚光を浴びるようになったのは、1990年後半から2000年代前半のこと。大手コンビニ各社が次々に「恵方巻き」商戦に参入したことで関東でも知名度を上げるようになった。2004年に電通が行ったインターネット調査では「上半期の話題商品」のなかに初めて“恵方巻”の名前が登場した。


 今となっては豆まきよりも、節分の行事としてすっかり定着した恵方巻きだが、本場大阪でも、実はそれほど歴史は古くない。そもそもの起源は、江戸時代に大阪・船場の商人が商売繁盛を願って巻き寿司を食べたことに始まるが、当時は現代のような太巻きではなかった。


 時代は下って江戸末期になると、花柳界で花魁に太巻きを丸かじりさせるお遊びが流行。商家の旦那衆たちは遊女がはしたなく巻き寿司をほおばる姿を見て楽しんでいたというから、今ならばセクハラそのもの。このお遊びがいつのまにか「得意客を喜ばす」=「福を呼び込む風習」に代わり、昭和になってからは一部の地域を除いて風習が廃れていった。

 

 終戦後の1950年代から1970年代にかけて、洋食化が進むにつれて、海苔の消費量が減少。これを懸念した大阪の海苔問屋が作る組合が、海苔の販売促進を目指して節分に太巻き寿司を食べるキャンペーンを展開したことで、かつての風習が復活した。1970年代には寿司屋業界と協力して「幸運巻きずし」を謳った宣伝ポスターが共同で店頭に貼りだされたといわれている。


 バレンタインデーやクリスマスと同じように、企業や商売人のアイディアで生まれた「恵方巻き」の風習。そのおかげで日本の食卓や食品売り場がにぎわい、食文化に彩りが添えられたともいえる。

 

(注※恵方巻きの起源には諸説あります。ここで紹介したのはその一例です)

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