歴史

イースター島モアイ像に意外な効果「土を豊かにしていた!」

 イースター島のモアイ像といえば、いまだ建造された目的や方法がわからない謎に満ちた巨石群だが、米国の研究チームは、岩石を調達した場所では、採石の結果、土壌改良が進んで農業生産が劇的に良くなっていた事実をつきとめた!古代の先住民の素晴らしい知恵だ。

 

 モアイ像を30年以上にわたって調査している国際組織「イースター島プロジェクト(EISP)」が、考古学誌『ジャーナル・オブ・アーケオロジカル・サイエンス』に最近発表した論文によると、チームは、島東部にあるラノ・ララク(Rano Raraku)採石場の2カ所の岩場に注目して、地質調査を行った。

噴火口にできた採石場ラノ・ララク

 ラノ・ララク採石場は、1000体以上作られたモアイ像のうち、原料の石の95%が切り出された場所だが、そのうち2カ所では、バナナやタロイモ、ヤムイモなどの農作物が育てられている。

 

 地質学者の協力を得て、これら2カ所の土壌成分を分析した結果、原料の岩が掘り起こされた土地は、他に比べて、カルシウムやリンなどの栄養分を豊富に含んでいて、植物がよく育つことがわかった。しかし、この場所を離れると、栄養成分がほとんどなく、植物が育たたない荒れ果てた土地になるという。

凝灰岩を掘る

 この土地だけが肥沃化した原因について、研究者は岩や土を掘り起こす作業を長期間にわたって繰り返した結果、火山灰が固まってできた凝灰岩が細かく砕かれて、付近の湖や小川の水と混ざり合うことで、良質な粘土質の土を作ったと結論づけた。

 

 さらに年代測定調査の結果から、調査した2カ所の岩場は、1510年代から1645年ごろにかけて、130年あまりにわたって採石されていたことがわかった。モアイ像はヨーロッパ人がやってきた17世紀以降は作られなくなったと考えられていることから、調査した2カ所は最後期のモアイ像が作られた石切り場である可能性が高い。

絶海の火山島の謎

 イースター島は南米チリのはるか西に浮かぶ海底火山の噴火によってできた絶海の孤島で、ポリネシア人の移民によって独自の文化を築いたとされるが、その移住時期についても、文字記録が無いため、諸説がある。

 

 モアイ像が作られるようになったのは、遅くとも10世紀ごろだと考える研究者がいるが、採石の中心はラノ・ララクという直径550メートルの噴火口跡だ。

 

 周辺では現在も、完成前のさまざまな段階の石造が彫像用の石斧とともに見つかっていて、時代によってデザインが変化していった経緯が理解できるが、いまもなお、その目的や移動手段などは解明されていない。

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