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醤油差しから都のロゴまで…デザイナー榮久庵憲司さん死去

 キッコーマンの醤油差しや東京都、日本中央競馬会(JRA)のロゴマークなどを手がけ、工業デザインの先駆者として国際的にも高く評価された榮久庵(えくあん)憲司さんが8日、東京都内の病院で死亡した。85歳だった。

 

 榮久庵さんは1929年、広島市の寺の住職の長男として東京で生まれ、原爆投下後の1945年夏に広島に戻った際、焼け野原で見た進駐軍のジープを見て、モノへの憧れが募り、工業デザイナーを目指すようになった。

 

 東京芸術大学美術学部図案科を卒業後は、友人とともにアルバイトグループを設立。これが後に「GKインダストリアルデザイン研究所」となり、当時まったく認知されなかったデザインの概念を、ビジネスの世界に紹介するきっかけとなった。

 

 1961年に発表したキッコーマンの卓上しょうゆ瓶は、赤いキャップと曲線を描く瓶の形が使いやすいとして大ヒットし、国内外で長く親しまれる代表作となった。

 

 また、成田エクスプレスをはじめとする鉄道車両やヤマハのオートバイ、自動車などのデザインを数多く手がけたほか、JRAや東京都、コンビニエンスストアのミニストップなどのロゴマークを多数残した。


 1998年には世界デザイン機構を設立し、初代会長を務めるなど、国内外問わず、工業デザインの第一人者として世界で高い評価を受けてきた。榮久庵さんが代表を務めるGKデザイン機構によると、先月下旬に体調を崩し、東京都内の病院で入院治療を受けていたところ、8日未明、洞不全症候群のため死亡したという。

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