• 歴史

東日本大震災が起きてから、日本の歴史が震災という新たな角度で注目されるようになった。

 

M8.0クラスの大震災
富士山の噴火
大飢饉を招いた気候の寒冷化
など

 

かつては「大げさ」の一言で片付けられがちだった古文書の内容が、現実を目の当たりにして笑い事では済まされなくなったからだ。


歴史の記録には、我々の祖先が体験してきた貴重な記憶が詰まっている。

当連載では、それをやさしく紐解くことで、災害の今昔を学んでいきたい。

第十一巻 神であり悪鬼でもあり… 美麗なる鳥海山が噴火するとき

泥水は青黒く臭気を放ち、死んだ魚が浮かぶ

 山形と秋田の県境に、日本一美麗なる火山がある。

 

 鳥海山、標高2236m。

 

 地名から「出羽富士」とも称されるこの山は本家の富士山にも劣らぬ美しい姿を誇り、これまた本家の富士山にも負けないほど過去に噴火を繰り返してきた。


 特に古代においては、火山活動が「東北蝦夷たち騒乱勃発の合図」として都の人々に恐れられており、貞観13年(871)に火が噴いたときの様子は歴史書の『日本三代実録』にも記されている。

 

――鳥海山が噴火すると、泥水が流れ出し、その色は青黒く臭気を放ち、死んだ魚が浮かぶ。四方八方へと広がった泥水により苗は全滅し、草木も枯れて臭くなった。噴火の原因は、墓や死骸で山水を汚し神の怒りに触れたからだ――。

 

 山が火を放ち、轟音をあげる噴火に対し、1200年以上も昔の古代人が抱いた恐れは、我々の想像をはるかに超えるものだったろう。
 気象庁によると、全国に110あると言われている活火山は、なぜか奈良・京都を始めとした近畿地方には一つもない。テレビもインターネットもない時代。遠く東北地方から流れてくる「噂」は、古代の都人の恐怖を増幅していった。

 

 

 

「神の位を上げること」は最善の災害防止策

 794年から始まった平安時代。鳥海山から北側の秋田県以北には「蝦夷(えみし)」とよばれる人々が住んでいた。
 蝦夷とは、東北地方の先住民につけられた蔑称で、朝廷にとっては制圧すべき属国であり、同時に恐怖の対象でもあった。この頃、中央政権と日本海側の東北蝦夷とは一触即発の状態だったのである。

 

 鳥海山がドカンと噴火すれば蝦夷が暴動を興す――。一見、こじつけのようにも思える言い伝えが、いわば警報機として使われていた。

 

 数ある火山の中で鳥海山が「蝦夷反乱の前兆」と見なされたのは、朝廷と蝦夷との国境に位置していたという地理的要因も大きい。
 この国境線の山は、蝦夷の異変を伝えるだけではなく、『石でできた刃物を天から雨のように降らせ、朝鮮半島の海賊に襲われた遣唐使船を救った』というエピソードもあり、朝廷の守り神でもあった。

 しかし、ただ崇拝すればよい山でもなく、ときには鳥海山の祟りが原因で、朝廷に物の怪が出現したと判定されたケースもあった。

 

 美しい守護神でありながら、一歩扱いを間違えると途端に牙を剥き出しにする悪鬼。まさしく、普段は美しく佇んでおりながら、突如、激しく噴火をする鳥海山の姿そのものである。

 

 そのため朝廷では、鳥海山を必死になだめようと、次々に上位の神階(神に与えられた位)を与え、気がつけば、数ある東北の神のなかでも最高位にまで達していた。

 歴史書に登場する回数も、他の活火山よりダントツに多い。「神の位を上げること」は、古代の人々がなし得る最善の災害防止策だった。

 

 

 

「夷語」を使える小野春風が東北へ派遣された

 鳥海山のある出羽国には、陰陽師も派遣された。
 陰陽師とは、占いや呪術を行う国家公務員である。日本史上その名が知られているのは、疫病神などを退治したとされる安倍晴明だが、出羽国に派遣された別の陰陽師も噴火を鎮める役割を担ったのはいうまでもない。

 

 しかし、先に述べた通り、祈りむなしく鳥海山は871年に大噴火してしまう。そこで都の人々が懸念していた、蝦夷たちの反乱は実際に起きたのか?

 

 因果関係を直接結びつけるモノはないが、実際に878年、元慶の乱が勃発した。これは秋田県の蝦夷たちが「独立」を要求するという、日本史上珍しい反乱だった。

 

 もちろん朝廷もすぐに乱を鎮めるべく、軍隊を派遣した。が、連戦連敗を繰り返し、ついに反乱軍の制圧に指名されたのは小野春風という武人だった。

 小野氏はもともと優秀な官僚を輩出した一族で、たとえば彼の先祖はかの有名な第一回遣隋使・小野妹子である。またイトコの小野篁は有名な文人であり、その孫には三跡として名高い小野道風もいる。

 

 春風も小野一族らしく文武に長けていた。彼には「夷語」、つまり秋田の方言を使えるという特殊技能が備っており、ほとんど無血で反乱鎮圧という快挙を成し遂げるのである。武人でありながら、武力で敵を抑えるではなく、地元の秋田弁で説得する。コレ以上、賢い戦は他にないだろう。

 

 それにしても、東北の蝦夷たちは、本当に火山に煽られたから反乱を起こしたのか?

 

 むしろその逆ではなかろうか。彼らは本当の「独立」を目指したのではなく、噴火からの「復興」を祈り、朝廷に協力を請うべく少々不器用な実力行使に出た気もするのだ。

 

 

 蝦夷たちは品のない蛮族ではなかった。そうでなければ、方言を使い、災害に苦しむ彼らたちに寄り添った小野春風に対して心を開く余裕はないであろう。

 

 あの美麗なる鳥海山を眺めながら、古代に思いを馳せてみると、どうにもそんな気がしてならないのである。

 

 

 

著者紹介
文・恵美嘉樹(えみよしき)
作家。歴史研究の最前線の成果を社会に還元する二人組。
著書に『全国「一の宮」徹底ガイド』(PHP文庫)、『最新日本古代史の謎』(学研)など。

好きな活火山は十勝岳。

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