• 東日本大震災

陸自史上最大の作戦 東日本大震災

 前編から約2年半を経て、あの連載がついに再開した。

陸上自衛隊史上最大の作戦となった「東日本大震災」。メディアが刻一刻と報じる裏側で指揮官たちは何を思い、何を考えて行動していたのか?

地震発生直後、陸自トップ火箱芳文陸上幕僚長(当時)のとっさの機転により、全国の陸上自衛隊はいち早く被災地に向かい、その結果より多くの命が救われた。しかし…

 火箱陸幕長率いる14万の陸上自衛隊の眼前には、自然の猛威に蹂躙され荒廃した大地が果てしなく広がる。

いつ終わるとも知れぬ災害派遣活動の中で、部隊は次第に憔悴の色を深めていく。

地震と大津波による災害への対処と福島第一原発事故という「二正面作戦」を強いられた陸上自衛隊。

どこまでいっても勝つことはない「自然災害との戦い」の先に、彼らを待ち受けていたものは?

第29回 軍の将 兵の将(4)

想定せざる作業

 こうした「想定せざる作業」の中で最たるものは、「行方不明者の捜索」の結果、必然的に生じてしまう「犠牲者の遺体回収」という作業だ。

 

本来の業務分担で言えば、自衛隊が行方不明者を捜索した結果、遺体を発見したとすれば、その場で警察に通報し、事件性の有無を始めとした警察の現場検証ののち、警察官が収容することになる。

 

原則はその通りだが、いかんせん犠牲者の数は膨大で警察は手一杯になっている上に、自衛隊は少しでも早く行方不明者を捜索しようと夜遅くまで捜索を続けている。

 

実際、警察官不在の夜間に遺体を発見し、「そのまま放置するのは忍びない」と仮安置したところ、あとで警察が「検視前の遺体を動かした容疑」で逮捕する、しないの悶着になったこともあった。

 

現地部隊の中でも「遺体の回収」について自衛隊がやるべきか否かの議論があったが、日々発見される膨大な犠牲者という現実と、「ご遺体をそのままにはできない」という自然な心情の発露から、指揮官たちは「遺体の回収」を自衛隊の任務としていった。

自衛官は毅然として涙を流すな

 清水が、こうした行方不明者の捜索(遺体の回収作業)の実態を視察した東松島市での出来事だった。

 

若い隊員たちが腰まで水に浸かりながら行方不明者を捜索している。

犠牲者の遺体が発見されると、数人で大事に抱きかかえるかのようにそっと遺体を持ち上げる。

 

彼らは短いゴム手袋しか付けていないから、遺体を持ち上げると遺体の体液が混ざった水が容赦なく戦闘服の中に流れ込んでくる。

 

しかし指揮官からは「ご遺体だから丁寧に扱え!」と命令されている。やり方を変えるわけにはいかない。

 

1日の作業が終わっても、戦闘服を洗って乾かせるような暖房もない。翌日また濡れたままの戦闘服を着て作業に取りかかる。

 

遺体の中には、自分と同じ年代の若者や子どももいた。戦闘服から取れなくなった匂いを嗅ぐと、そのことを思い出して涙がこぼれそうになるが、指揮官からまたこう言われる。

 

「涙を流して作業をするな!お前らが涙を流しているとご遺族が来た時に悲しむだろう。自衛官なんだから毅然とした態度でご遺体をご遺族に引き渡せ。」

 

その繰り返しの中で、若い隊員たちの顔からは「表情」が次第に消え、一種「無機質」とも言える空気感が現場に漂い始めていた。

 

このまま帰っちゃダメだ

 清水は1回目の現状視察から約1週間後に、ふたたび被災地の現状把握に向かったが、その時も第10師団の担当区域で、若い隊員が遺体の洗浄作業をしている光景を目撃した。

 

河村第10師団長は、「ご遺体も一人の人だと思って同じようにきれいに扱ってあげなさい。」と隊員に指示していた。

 

20歳前後の隊員たちが、安置所に遺体を入れる前にブルーシートを敷いて、一生懸命洗浄している。

少しでも遺族の心が痛まないようにと、体も服もきれいに洗い、再びきちんと服を着せて棺に納める。

 

「辛くないか?」と清水が隊員たちに問いかけると、一様に感情を押し殺したような表情で「辛くないです。」という機械的な答えが返ってくる。

 

「そんなことないだろう。辛かったら辛いって言っていいんだぞ?」

 

しかし「いや大丈夫です。」という答えしか返ってこない。

 

「そうか…分かった。じゃあ頑張れよ。お前らが頼りだからな。」

 

そう言って清水はその場を立ち去りかけた。しかし…

 

「このまま帰っちゃダメだ!」

 

そんな思いがふつふつと胸中に湧き上がり、清水は現地部隊の最先任上級曹長を呼び出した。

 

「もう1回、さっきの隊員たちを全員部屋に集めてくれ。」

鬼軍曹の涙

 陸自最先任上級曹長に突然集合をかけられ不安そうにしている若い隊員たちに、清水はこう切り出した。

 

「いくら任務でも感情を出していいんだぞ。悲しい時は涙を流していいんだぞ。そうでないとお前たちはこの災害派遣が終わった時に人間らしい生活ができなくなってしまうぞ。」

 

若い時にこんな経験をさせたがために感情まで押し殺して、人間性を失わせるような仕事を命じる権利が誰にあるというのか?

清水の胸の中に初めて、自衛隊の任務に対する疑念めいた思いが浮かんだ瞬間だった。

 

「泣いたっていいんだよ。辛い時は辛いって言っていいんだよ…」

 

そう繰り返す清水の言動に当惑した現地部隊の最先任上級曹長が割って入った。

 

「最先任、そういう事は言わんでください。それでもこいつらは頑張ってやっているんですよ。」

 

「違う!引きずっちゃダメだが感情を出してもいいんだ。辛いことは辛いって言っていいんだ!」

 

思わず清水の語気が鋭くなった。

 

目の前にいる隊員たちが、清水の娘と同じくらいの歳だったこともあったのかもしれない。

 

「自衛隊の任務ってこんなことまでやらないといけないのかなあ…」、そんな思いがよぎった瞬間、清水の、 ー 陸上自衛隊最強の鬼軍曹の目から、大粒の涙が溢れ出した。

 

 

(次回へつづく)

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