• 東日本大震災

陸自史上最大の作戦 東日本大震災

 前編から約2年半を経て、あの連載がついに再開した。

陸上自衛隊史上最大の作戦となった「東日本大震災」。メディアが刻一刻と報じる裏側で指揮官たちは何を思い、何を考えて行動していたのか?

地震発生直後、陸自トップ火箱芳文陸上幕僚長(当時)のとっさの機転により、全国の陸上自衛隊はいち早く被災地に向かい、その結果より多くの命が救われた。しかし…

 火箱陸幕長率いる14万の陸上自衛隊の眼前には、自然の猛威に蹂躙され荒廃した大地が果てしなく広がる。

いつ終わるとも知れぬ災害派遣活動の中で、部隊は次第に憔悴の色を深めていく。

地震と大津波による災害への対処と福島第一原発事故という「二正面作戦」を強いられた陸上自衛隊。

どこまでいっても勝つことはない「自然災害との戦い」の先に、彼らを待ち受けていたものは?

第35回 大鷲の憂愁 獅子の涙(3)

みちのくアラート2008

 それにしても、なぜ福島県を隊区として、すでに浜通りに主力部隊を展開させている森脇連隊長ら第44普通科連隊が、宮城県石巻市に転進しなければいけなかったのか?

 

そこには、今後の教訓ともなるさまざまな要素が見え隠れしている。

 

東日本大震災からさかのぼること約2年半前。

 

陸自東北方面隊は海自・空自・地方自治体・防災機関・一般市民を含め約1万8000人が参加した大規模な震災対処訓練『みちのくアラート2008』を実施している。

 

この震災対処訓練は、宮城県沖を震源とするM8.0の地震が発生し、仙台市などが震度6強の強い揺れに見舞われ、三陸沿岸部に津波が来襲して死傷者が多数発生するとの想定だった。

 

そして「かねてよりの計画」として森脇が従った第6師団の災害派遣計画も、この「みちのくアラート2008」と同じM8.0、震度6強の想定で策定されていた。

 

しかし実際に起きた東日本大震災はM9.0、最大震度7。

 

第1のポイントは「想定見積もりが甘かった」ということだが、これは責めるに値しない。

 

福島第一原発を始め、専門家の中でも大半は1000年に一度の規模の地震を想定していなかったわけで、自然現象のすべてに人智が及ぶと考えるのはむしろ傲慢だ。常に自然は人の予想を裏切って、その猛威をあらわにすることは有り得る。

「災害の少ない福島」という神話

 しかし一方で、「原発は絶対安全」という「原発神話」のように、福島県には「福島県は自然災害の少ない安全な県」という一種の神話があった。

 

実際それまで福島県が激甚な自然災害に見舞われることは少なかったし、比較的安全な場所だという前提があるからこそ、原子力発電所の立地としても選ばれてきた。

 

福島県は、むしろ自県を「全国でも災害の少ない県」と自負していた。

 

そして、その神話が災害対処に対するある種の「関心の薄さ」につながった側面は否めない。

 

「みちのくアラート2008」にしても、宮城県、岩手県始め、岩手県宮古市から宮城県岩沼市まで、太平洋に面した24自治体が参加しているが、福島県は参加していない。

 

災害対処する自衛隊に対し「非協力的」とは言わないが、福島県が必ずしも災害対処に積極的だったとは言い難い。

 

一方で三陸沿岸部は歴史上、何度も津波による甚大な被害を経験している。

 

こうした背景があって、災害派遣計画の中でも福島県の優先度は被害見積もりが極めて大きい宮城県、岩手県に比して相対的に低いものになっていった。

東北の中心は仙台

 さらにもう一つのポイントは、どこまでいっても東北地方の中心地は「仙台市」だという現実。

 

最も人口が多く、企業・官庁がひしめく東北の都。災害派遣を指揮する側の東北方面隊の総監部もまた仙台市にある。

 

森脇が浜通りに部隊を進出させるのに際し、最も人口の多いところはどこか?と図上でプロットしたように、人命救助の最大効率を考えれば人口が最も多く、最も危険な場所を最優先に行動する。

 

地震・津波の被害が甚大で最も人口が多く、東北の政経中枢である仙台市が壊滅すれば東北地方に与えるダメージは桁違いに巨大化する。

 

もし関東地方に大規模災害を想定するなら、その計画は「東京23区の被害」を最優先に策定されるだろう。

 

北海道なら札幌、東北なら仙台、関東なら東京、中部なら名古屋…

 

それが自衛隊であれ、地方自治体であれ、企業であれ、きっと人間が「地域」を見る視点とはそういうものなのだ。

 

だから、関東地方を激甚な地震が襲い、その後微妙なタイミングを経て、東京以外の他県、例えば埼玉県で想定外の後発事象が発生したら、自衛隊だけでなく警察・消防も含め大半は東京23区と太平洋沿岸部に貼り付いて「誰もいない」という事態だって起こり得る。

 

情報収集能力

 一刻を争う緊急事態の際に、最も早く行動できる方法は綿密に策定された「事前計画」に従うこと。

 

「詳細な状況は現在も分からないから、想定見積りに従って速やかに行動する。」

 

陸上自衛隊は「見積り」に従って行動しがちだし、これはこれで効率的な方法だ。

 

しかし、見積りにない、「想定外の事象」が発生していたらどうすれば良いのか?

 

本当は、各部隊が速やかに「情報収集」を行い、想定見積り通りに行動して良いか否かを判断できるのが望ましい。

 

しかしながら陸上自衛隊が情報収集能力や通信能力に長けているか?と問われれば、必ずしもそうとは言えない。

 

例えば福島第一原発で情報収集に活躍した米軍の無人機(グローバルホーク)にしても、自衛隊は持っていない。情報収集関連の装備はどうしても他のものより優先度が低くなる傾向にある。

最後は『人災』

 そして最後の要素は「人災」。

 

いくらグローバルホークを飛ばしても、福島第一原発の中で緊急事態が発生していることを知らされなければ、現地部隊は後発事象に気付きようもない。

 

もし、この時点で福島第一原発に緊急事態が発生していると知っていたら、事前計画があったとしても、第6師団司令部は森脇たちを石巻市に転進させるという判断はしなかっただろう。

 

福島第一原発事故と、その事故の重大性が初期段階で知らされなかったこと。これが自衛隊の当初の目論見を大きく狂わせる一因となった。

 

森脇たちが石巻市に転進することは、福島第一原発の状況が11日の夜に防衛省・自衛隊に伝えられなかったことが「最後の決定打」となったことは間違いない。

 

しかしその端緒を紐解けば、東日本大震災が起きる遥か前から始まり、さまざまな要素が絡み合いながらも、連綿と続く1本の糸のように運命付けられているかのようにも見えた。

 

 

次回につづく)

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