• 東日本大震災

陸自史上最大の作戦 東日本大震災

陸上自衛隊 現在の実員数 約14万人。
創設から58年の歴史の中で史上最大の作戦は、言うまでもなく「東日本大震災への災害派遣」だ。
のべ派遣人員1066万人、派遣期間291日間、犠牲になった隊員は5名。
福島第一原発上空で放水する陸上自衛隊のヘリコプターのテレビ映像に釘付けになった人も多いだろう。
メディアで刻一刻と状況が報じられる裏側で、陸上自衛隊に何が起き、どのように作戦を遂行していったのか?
当時の陸上自衛隊トップ 火箱芳文前陸上幕僚長が2年近く経った今、「史上最大の作戦」の真実を語り始めた。

第16回 プロメテウスの希望 ゼウスの怒り(11)

3号機にも火が見えた

 16日午前11時24分。霞目駐屯地では、直前訓練を行なっていた第1ヘリ団の実行部隊が、ようやく届いたタングステンシートを切り貼りしているころ、市ヶ谷防衛省では、北澤防衛大臣の臨時記者会見が始まっていた。

 

この記者会見は、もともと火箱たちが尽力して実現した「民生物資輸送支援スキーム」の報告のために開かれたが、冒頭スキームを説明し終わった大臣に対して記者は全く関係ない質問を浴びせた。

 

「今、政府内から、原発の冷却のためにヘリコプターを使って上空から水などを散布すると…」

 

「昨日までは放水車で、まず冷却を図るということでありました。ただ、今『3号機にも火が見えた』という状況もありますから、3号機の場合は上屋が開いているということですので、場合によれば自衛隊のヘリで水を供給するということは、今後あり得ると思います。ただ決定はいたしておりません」

 

「3号機は火が出ているとおっしゃいましたが、火災が発生しているということでしょうか?」

 

「そこまでははっきり分かりません。作業員が『火が出ている』ということを目視して、報告があったというまでの情報であります」

放射能汚染があってもやるのか?

 さらに記者たちの質問は続いた。

 

「放射能などもあって自衛隊の出動は危険な状況もあるかと思うのですが、危険性についての現在の判断は?」

 

「自衛隊が文部科学省とも協力して頻繁にモニタリングしておりますから、大体の地上、上空の放射能の数値は把握しております。作業に入る場合にはモニタリングというのがあって、時間で危険になる前に退出するような訓練は十分できております」

 

「先ほどの官房長官の会見で、3号機の格納容器が損傷の恐れという発表があったんですけれど、それを踏まえた話なのでしょうか?」

 

「そうです」

 

「そうなると、ますます放射能汚染の心配があると思うんですけれど、『それでもやる』というお考えなのでしょうか?」

 

「最後に国民の命を守っていかなければならないのは自衛隊の任務でありますから…、しかし人命を失うことが100%分かっている段階での決断は難しいところでありますが、ギリギリのところで任務を遂行するという決意は、防衛省自衛隊としては固めているということです」

自衛隊最高指揮官の作戦了承

 作戦実行部隊の準備がすべて完了した16日午後0時46分。北澤防衛大臣は折木統幕長を伴って官邸へ向かい、菅直人首相にヘリ放水作戦の説明を行なった。

 

北澤大臣たちは、ヘリに徹底的に目張りをして密閉性を高めていること、隊員は防護服の上に鉛の入ったチョッキを着用することやパイロットも防護マスクを着用すること、そして高度300フィート(約90メートル)を20ノット(時速約37キロ)で通過して水を投下することなどを菅総理に説明した。

 

「自衛隊は何でもできるんですね。もっと前面に出てもらえないですか?」

 

菅総理は自衛隊の最高指揮官として、うれしそうな表情でヘリ放水作戦を了承した。

 

午後3時25分。

 

「間もなくモニタリングを開始します」

 

宮島CRF司令官は、金丸第1ヘリ団長から報告を受けた。

 

午後4時。

 

2機のCH-47(チヌーク)ヘリが、その重い機体をゆっくりと霞目駐屯地から離陸させた。

燃料プールに水が見える!

 ヘリには自衛隊員以外に2名の東電社員が搭乗していた。すでに燃料プールが空になっているのではないか?と不安視されていた4号機の状況を上空から確認するためだった。

 

 4号機の燃料プールには、未使用・使用済み合わせて1533本の燃料棒が眠っている。もし燃料プールの冷却水が空になっているとすれば、極めて危険な状況になる。

 

 4号機は建屋が爆発したものの、まだ屋根が残っているため、真上から目視することは難しかった。福島第一原発上空に達したヘリはモニタリングを数回行った後、4号機脇を低空で通過した。

 

「ありましたよね?」

 

 崩壊した建屋の骨組みの向こう側に、太陽光線にきらめく燃料プールの水の表面がわずかに顔をのぞかせていた。

 

 米軍からも「冷却水が空なのではないか?」と指摘されていた4号機燃料プールに、まだ水が残っていると確認されたこの瞬間、ヘリ放水作戦の目標は3号機に決定された。

放水作戦中止

 午後5時。金丸第1ヘリ団長から再び宮島に連絡が入った。

 

「高度500フィートで福島第一原発から3マイル地点まで接近しましたが、放射線量が高く危険です。高度を下げてトライします」

 

 15分後。再び金丸から連絡が入った。

 

「高度100フィートで空間線量率247ミリシーベルト。間もなく夜になりますが、パイロットが防護マスクやグローブをして操縦すると視界が遮られ危険なので、作戦の中止を要請します。明日もう一度チャレンジさせてください」

 

 防護マスクをしたパイロットの視界は、水中マスクをして操縦するように極端に狭められている。金丸は高放射線量とともに、暗くなるにつれパイロットが視界を失うことによる事故を危惧していた。

 

「えっ、どんな状態でも決行するんじゃなかったのか?」

 

 宮島は金丸の作戦中止要請を内心 意外に感じたが、ここは最も自分が信頼する部下の金丸の判断を尊重することにした。

 

「……分かった」

 

 宮島は折木統幕長にすぐさま状況を報告、了承を受けて作戦中止を了解した。

 

「放水を断念。まことに無念である」

 

 この晩、北澤防衛大臣は自らの日記にそう書き記した。

 

        (次回につづく)

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