• 東日本大震災

陸自史上最大の作戦 東日本大震災

陸上自衛隊 現在の実員数 約14万人。
創設から58年の歴史の中で史上最大の作戦は、言うまでもなく「東日本大震災への災害派遣」だ。
のべ派遣人員1066万人、派遣期間291日間、犠牲になった隊員は5名。
福島第一原発上空で放水する陸上自衛隊のヘリコプターのテレビ映像に釘付けになった人も多いだろう。
メディアで刻一刻と状況が報じられる裏側で、陸上自衛隊に何が起き、どのように作戦を遂行していったのか?
当時の陸上自衛隊トップ 火箱芳文前陸上幕僚長が2年近く経った今、「史上最大の作戦」の真実を語り始めた。

第18回 プロメテウスの希望 ゼウスの怒り(13)

待て!待て!総理に報告しなきゃ

 17日午前7時25分。

 

 金丸第1ヘリ団長から宮島CRF司令官に連絡が入った。

 

「放水作戦の準備できました。午前9時以降に離陸して、午前10時前後には撒けます」

 

 今から始めても、午前9時30分から予定されているオバマ大統領と菅総理の電話会談にはギリギリだ。作戦決行の指示をもらうため宮島は折木統幕長に電話した。

 

「ただ今から作戦を開始します」

 

「待て!待て!総理に報告しなきゃいけない」

 

 この頃になると、自衛隊は菅総理から全幅の信頼を受ける一方で、すべての情報を掌握したいという菅総理の意向に沿って、その一挙手一投足を総理に報告しなければならない状況に立ち至っていた。

 

 午前7時42分。

 

 ついに菅総理の承認を得て、折木統幕長から宮島に作戦決行の指示が下った。

午前8時58分 CH-47離陸

 3月17日午前8時58分。

 

 宮城県仙台市の霞目駐屯地から2機のCH-47チヌークがゆっくりと離陸した。

 

 2機のCH-47は、迷彩塗装された機体を朝日に鈍く照らされながら、福島第一原発沖の太平洋に向かって一路南下していく。

 

 ヘリが離陸したのとほぼ同時刻、宮島は金丸にヘリ放水第2波の準備を指示した。

 

 2機のCH-47は、小名浜沖で機体の下に吊るした山火事消火用の通称「バンビバケット」に海水をくみ上げると、約7.5トンの海水でさらに重くなったその機体を福島第一原発3号機に向けた。

 

 午前9時47分ごろ。多くの国民が、いや全世界が見守るテレビ中継の画面に白い衝突防止灯を点滅させ、福島第一原発3号機に近づいてくるCH-47の姿が小さく映し出された。

 

テレビで見ていたよ。素晴らしい…

 午前9時48分。

 

 バンビバケットの底が開き、福島第一原発3号機に向けて海水が投下された。霧のように3号機上空に海水が舞った。

 

 その4分後。2機目のCH-47が海水を投下。午前10時ごろまでに2機で計4回約30トンの海水を3号機に投下した。

 

 このオペレーションに持続的な冷却効果はほとんどなかったと言う批判もある。しかしこの瞬間、東日本大震災の発生以来、下落し続けていた東京証券取引所の株価が下げ止まった。

 

 少なくともこの瞬間、その光景を見ている人の心の中で「なにか」が変わった。

 

 午前10時22分。

 

 予定より50分遅れで、米オバマ大統領と菅総理の電話会談が始まった。

 

「テレビで見ていたよ。素晴らしい…」

 

 オバマ大統領の第一声は、その言葉で始まった。

今日は限度である

 午前11時27分。

 

 市ヶ谷防衛省では、北澤防衛大臣は折木統幕長を伴って臨時記者会見に臨んでいた。

 

 「防衛省が水投下を行なう判断に至った理由は?」

 

「地上からの放水が、非常に高い濃度のため、なかなか決断ができないという状況下で、『今日は限度である』という判断をしました」

 

「『今日は限度』とは何が限度なんですか?」

 

「3号機の現状を……、これは私と菅総理がたびたび話し合いをする中で、そういう結論に達しました。昨日はダメだったが状況が変わっていないのに今日はどうして投下したのか?ということであれば、総理と私の重い決断を統幕長に判断してもらい、統幕長自らの決心の中で隊員に『今回は実行すべし』ということであります」

 

 折木統幕長が北澤大臣の発言を補足した。

 

「今日は線量が高度300フィートで87.7ミリシーベルトですので『実行可能だ』と判断しました。基本的に安全確保をした上で、できるだけ対応を速やかに行なうことが、われわれに課せられた任務であると承知しております」

 

「(冷却効果をあげるためには)100回くらい上空から水を投下する必要がある、との専門家の見方もあるが、あと何回ぐらいやるのか?」

 

 あまりに「底意地の悪い」質問だった。当時、新聞各紙はヘリ放水を70回から100回くらいやらないと効果がない、として自衛隊のヘリ放水作戦の「無意味さ」を書き立てていた。

 

 しかし、そんな世間の動きとは無関係に、作戦実行部隊は淡々とヘリ放水第2波の準備を進めていた。

 

 午前11時40分。宮島は金丸から報告を受けた。

 

「ヘリ放水第2波の準備が完了しました。午後3時以降実施可能です」

 

 宮島は金丸に待機を命じた。

上空から放水されると作業効率が落ちる

 17日午後1時。

 

 東日本大震災が発生してから初めての衆議院本会議が開催され、冒頭、被災者の冥福を祈って黙祷が捧げられた。

 

 菅総理は冒頭の黙祷だけを捧げると、すぐに首相官邸に戻り、北澤防衛大臣と折木統幕長に労をねぎらうと共に、次のステップへの協議を始めていた。

 

 「ヘリ放水の冷却効果」自体については未だ不明だったが、一つだけ分かったことがあった。それは放水しても爆発などは起こらず、ただ水蒸気の白い煙が上がっていたこと。

 

 それはすなわち、「何らかの方法で」水を入れることさえできれば、事態は好転に向かうのではないかという「希望」を意味していた。

 

 しかし東京本店復旧班は必ずしも「ヘリ放水」を好意的には見ていなかった。

 

 17日のテレビ会議でも自衛隊の作戦を疑問視する意見があがっている。ヘリ放水をすれば、その前後の時間帯も含め作業員が一時退避しなければならない。

 

 ヘリ放水による冷却効果と復旧作業の効率性低下を天秤にかけていた。

 

 午後2時35分。

 

 統幕から宮島に第2波作戦の中止命令が伝達された。

 

「ヘリ放水については本日はなし。明日午前6時以降実施できるように準備せよ」

 

 そのころ市ヶ谷防衛省では、東日本大震災発生以来初めての陸幕長定例記者会見に火箱が臨もうとしていた。

 

          (次回につづく)

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