• 東日本大震災

陸自史上最大の作戦 東日本大震災

 前編から約2年半を経て、あの連載がついに再開した。

陸上自衛隊史上最大の作戦となった「東日本大震災」。メディアが刻一刻と報じる裏側で指揮官たちは何を思い、何を考えて行動していたのか?

地震発生直後、陸自トップ火箱芳文陸上幕僚長(当時)のとっさの機転により、全国の陸上自衛隊はいち早く被災地に向かい、その結果より多くの命が救われた。しかし…

 火箱陸幕長率いる14万の陸上自衛隊の眼前には、自然の猛威に蹂躙され荒廃した大地が果てしなく広がる。

いつ終わるとも知れぬ災害派遣活動の中で、部隊は次第に憔悴の色を深めていく。

地震と大津波による災害への対処と福島第一原発事故という「二正面作戦」を強いられた陸上自衛隊。

どこまでいっても勝つことはない「自然災害との戦い」の先に、彼らを待ち受けていたものは?

第49回 大鷲の憂愁 獅子の涙(17)

第1回陸幕長視察 JTF東北司令部

 3月29日午前8時。

火箱芳文陸幕長を乗せたヘリが市ヶ谷防衛省のヘリポートを飛び立った。

 

火箱は、日頃から「現場には真実が落ちている。」というのが口癖なほどの「現場主義者」だ。

 

それほどに現場感覚を重視する火箱にとって、地震発生から18日間も現場を自分の眼で見ることができなかったのは、陸幕で震災対応に忙殺され、やむをえないこととは言え、苦痛にも似た感覚を伴っていた。

 

眼下に東京湾が広がり、液状化で陥没した東京ディズニーランドの駐車場が見えてきた。遠くには、3月11日に爆発炎上した千葉県市原市のLPGタンクの残骸も見えている。

 

自然災害とは言え、理不尽に蹂躙された、そのむごたらしい傷痕を見ると、火箱は、怒りにも似た感情がこみ上げてくるのを禁じえない。

 

ヘリは茨城県の太平洋岸を北上すると、福島第一原発の規制空域を内陸に大きく迂回し、福島県中通り地方上空を北上する。

 

下には第12旅団が司令部を置いている郡山駐屯地が、やがては森脇らが後にした福島駐屯地が見えてくる。

 

福島県を越え、宮城県に入るとヘリは再び海岸線を北上し始めた。

 

山元町、亘理町、岩沼市、名取市、仙台市と連なる宮城県南部の海岸線はヘリから見ても津波で壊滅的な打撃を受けているのがよく分かる。

 

不覚にも涙が

 仙台駐屯地に着陸するとJTF東北(統合任務部隊)の指揮官である君塚栄治東北方面総監らが出迎えに来ていた。

 

君塚総監は、火箱に詳細な報告を終えると、「司令部の幕僚に声をかけてやってください」と願い出た。

 

 JTF東北司令部は、各地からの増強幕僚も含め710名にまで膨れ上がっている。完全にパンク状態だった。

 

部屋に収まりきれず廊下にまで机や椅子が置かれ、書類がそこら中に山積散乱している中で、幕僚たちが不眠不休で働いている。

 

その中に、火箱が北部方面総監部幕僚長だった時に部下だった男がいた。いつでも「なんでもやります!」と答える責任感の強い自衛官だった。

 

昔の顔なじみが 目を真っ赤にして、疲れ果てた表情で働いている。

 

火箱は、激励の言葉をかけるつもりだったのが、その隊員と目があった瞬間、不覚にも涙がこみ上げて言葉にならなかった。

陸幕長に話したいことが

JTF東北司令部の次に、火箱が被災地の中でも最初に視察すべき場所として選んだのは、森脇連隊長率いる第6師団 第44普通科連隊が展開する石巻市だった。

 

石巻市は仙台市から西に約50キロ。JTF東北司令部から随行した東北方面総監部の武内誠一幕僚長に道案内され、石巻総合運動公園に到着した。

 

火箱はそこでまず、自治体との連絡調整所と第6師団隷下の各部隊へ補給整備支援を担う拠点である「師団段列」を視察し、第6後方支援連隊の中村賀津雄連隊長から報告を受けた。

 

そのそばには、次に火箱を日和山に案内するために森脇連隊長が控えている。それを見て、火箱に随行してきた陸幕長副官の福森秀樹2佐がこう耳打ちした。

 

 

「あそこにいるのが福島から来た森脇連隊長です。第44連隊は当初、福島浜通りで活動していましたが、止むを得ず、かねてからの計画通り12日に石巻市に転進しまして、森脇連隊長は何か陸幕長にお話ししたいことがあるようで…」

 

 

自衛隊にとって「指揮系統」は重要だ。

 

たとえ陸幕長であれ、今回の災害対処について部隊の細部配置を君塚JTF東北司令官に委ねた以上、その指揮に横やりを入れることは許されないが、福森からすれば、「郷土のために働けない森脇らの気持ちを汲み取って、その心のうちを聞いてあげてほしい」ということなのだろう。

無言の会話

森脇が火箱の近くに寄ると異臭が漂った。 

 

 

「汗臭い柔道着がさらに腐ったような、饐(す)えた匂いがするな。あれから着替えはおろか、風呂にも入っていないのか…」

  

 

連隊長がこのありさまなのだから、隊員は言わずもがな。家族に犠牲を出した者もいる中で、異郷の地で一心不乱に働く隊員たちの気持ちを思うと、火箱は胸が締め付けられるように感じた。

 

日和山に案内するに先立って森脇が第44連隊の概況を報告した。

 

 

「発災当初は福島県で初動対処しておりましたが、3月12日、第12旅団の進出にともない、第6師団長の命により、石巻市、女川町を担任しております。われわれは宮城県の被害の大きさを十分理解し、全力で行方不明者捜索、生活支援を実施中であります。」

 

 

 「話したいことがある」と福森は耳打ちしたが、森脇は一言もそのことに触れない。

 

 

福森から聞いたよ。今はここの対応に全力を尽くしてくれ。いつか福島に戻れる日も来るだろうから…

 

 

その想いが森脇に理解されたかどうか分からないが、火箱はそうつぶやいた。

隊員は大丈夫か?

案内された日和山の頂上からは、部隊の活動状況と石巻市の被害状況が一望できる。

 

森脇は「あそこが第一中隊、こちらが第二中隊、これまでに何体のご遺体を発見しました…」と指差しながら、部隊の活動状況を一生懸命説明している。

 

森脇からすれば火箱が、いの一番に石巻市を視察していくれることはありがたかった。

 

ギリギリのバランスで精神状態を保っている隊員たちにとって陸上自衛隊トップが自ら激励に来てくれることは、またとない励みになる。

 

しかし一方で緊張がなかったと言えば嘘になる。

 

「何を質問され、何を指摘・指導されるのか?」

 

今まで会話する機会もなかった、はるか雲の上の上官だ。活動成果の足らなさを叱咤されるかもしれないし、指揮の至らなさを指摘されるかもしれない。

 

神妙な面持ちで活動状況を説明する森脇に、火箱はこう切り出した。

 

 

隊員はどうだ?大丈夫か?

 

「……」

 

想像していなかった質問に森脇は一瞬虚を突かれた。

 

火箱が第一に知りたかったことは、活動成果でも運用上の問題でもなく隊員への心配だった。

 

 

「ああ、この人は、だから陸幕長なんだな。どこまで行っても、一番大事なのは隊員のことなんだ…」

 

 

森脇は胸に熱いものがこみ上げるのを禁じえなかった。

 

 

「若干1名、心が折れ駐屯地に帰しましたが、他は全員異常なく活動を継続しています。」

 

 

火箱の一言で、森脇はいくばくかでもこれまでの自分たちの努力が報われる思いがした。

一番厳しいところに使ってください

火箱は随行している東北方面総監部の武内幕僚長につぶやいた。

 

 

「現状では宮城県で対応してもらうしかないが、タイミンングを見て福島と郡山の部隊は福島県に帰してやるよう考えてくれ。」

 

 

そこには火箱なりの計算があった。視察の途中に陸幕長がつぶやけば、武内は随行員の義務として、自分の発言を君塚総監に報告するだろう。

 

そして君塚は「陸幕長がおっしゃっているなら」と、「陸幕長の意向」と明言しないまでも計画に反映させるに違いない。

 

結果、それは第6師団に具体的な計画として下命されるはず。

 

果たせるかな火箱の思惑どおり、陸幕長視察から約1か月後の4月下旬、「福島の獅子たち」の運命の歯車がふたたび動きだした。

 

 

「もしかしたら第44普通科連隊を福島県に戻すかもしれない。」

 

 

久納第6師団長から話を受けた森脇は、晴れやかな気持ちでこう答えた。

 

 

われわれを福島県の最も厳しいところに使ってください。

 

 

それこそが、福島の郷土部隊たる第44普通科連隊を率いる森脇の、連隊長としての矜持だった。

 

 

(次回につづく)

バックナンバー

ページのTOPへ