• 東日本大震災

陸自史上最大の作戦 東日本大震災

陸上自衛隊 現在の実員数 約14万人。
創設から58年の歴史の中で史上最大の作戦は、言うまでもなく「東日本大震災への災害派遣」だ。
のべ派遣人員1066万人、派遣期間291日間、犠牲になった隊員は5名。
福島第一原発上空で放水する陸上自衛隊のヘリコプターのテレビ映像に釘付けになった人も多いだろう。
メディアで刻一刻と状況が報じられる裏側で、陸上自衛隊に何が起き、どのように作戦を遂行していったのか?
当時の陸上自衛隊トップ 火箱芳文前陸上幕僚長が2年近く経った今、「史上最大の作戦」の真実を語り始めた。

第19回 プロメテウスの希望 ゼウスの怒り(14)

被ばく量の上限は100ミリシーベルト?

 3月17日午後3時30分。

 

 防衛省記者会見室に、着っぱなしの戦闘服姿の火箱が姿を現した。連日の睡眠不足で目は真っ赤。さすがにその表情には疲労が色濃くにじんでいた。

 

 会見場には、防衛省自衛隊の記者クラブである「防衛記者会」の見慣れたメンバー以外にも、各社の遊軍記者や特別取材班の記者などが詰めかけて、ごった返していた。

 

「第1ヘリ団の隊員の被ばくの程度、健康への影響は?」

 

「除染処理も終了しておりますが、異常ないとの報告を受けております」

 

「現在、隊員の被ばく量の上限は100ミリシーベルトに設定しているんですか?」

 

「年間被ばく量の上限は100ミリシーベルトですが、1回の被ばく量の上限は設定されていないんじゃないでしょうか」

 

 年間の被ばく量の上限が100ミリシーベルトと決められているわけだから、1回の被ばく量は当然ながらそれより低くなければいけない。そして実際、作戦を実施した隊員たちの被ばく量も、それより遥かに低い数値だった。

無理に隊員を行かせたんじゃないか

 しかし「上限を設定していない」という部分だけを切り出して、記者は食いついてきた。

 

「上限を設定しないままというのは、ちょっと問題ではないかと思いますが?」

 

「運用する立場として、高線量下では短時間で交代するなどの運用を科学的に判断をしながら考えているところです」

 

「そういうことをちゃんと決めないままに隊員を行かせていいんですか?」

 

 某新聞社の遊軍記者が噛みついた。見慣れない顔だった。

 

「陸幕長が無理に隊員を行かせたんじゃないんですか?」

 

「……。」

 

 火箱は唇を噛みしめながら、心の中で密かにその記者の質問に答えていた。

 

「隊員の命や安全のことは、あなたなんかよりよっぽど考えているよ。だけど今、この瞬間にどうしてもやらなきゃならないなら、やむにやまれぬ決断をするしかないだろ!それがダメならいつ、誰が、この任務をやるんだよ!」

 

 あまりに執拗な、その遊軍記者の質問に、さすがに聞くに耐えなくなった防衛記者会のメンバーたちが助け舟を出し始めた。

 

「そろそろもういいんじゃないですかね……」

地上放水作戦命令発動

 火箱が記者会見に臨む20分前、北澤防衛大臣は、地上からの放水作戦に最終的な決行命令を下していた。

 

 自衛隊の消防車は、前日に宮島CRF司令官が要望した通り、17日午前11時23分には常磐自動車道四倉パーキングエリアに集結していた。

 

 大臣の最終判断が下ったことで、宮島は淡々と消防車をJビレッジに前進させていた。

 

 関東地方の航空自衛隊基地から集めた航空機火災用の消防車は、もちろん飛行場の中でしか稼働しない。航空機火災用の特殊消防車が公道を走るのは初めての体験だった。

 

 自衛隊の前に、まず警察の放水車で放水を行なう。

 

 自衛隊は警察の放水車を先導することになっていたが、もろもろの齟齬があり、警察車両が福島第一原発に到着したのは日没を過ぎたころになっていた。

警察届きません!

 午後7時5分。化学防護車に先導され配置についた警察の放水車が3号機に向けて放水を開始した。

 

「警察届きませーん!」

 

 CRF司令部にいる宮島にリアルタイムに状況が伝達された。

 

「えーっ!……仕方ない。行けー!」

 

 宮島は警察と交代して、自衛隊の消防車に放水を開始するよう指示した。

 

「これで自衛隊も届かなかったらダメだなあ…」

 

 初めて緊張感で冷や汗が出る不安を感じた。

 

 午後7時35分。自衛隊による放水が始まった。

 

1号車命中!

 3号機の手前100メートルのところで5台の消防車が待機し、1台づつ順番に近づいて放水をする。

 

 放水位置に着いた消防車は化学防護車2台が両脇を固め、放射線からの盾となった。


 最初の消防車のノズルが3号機へ向かって立ち上がる。

 

 化学防護車の拡声器が号令を発した。

 

「撃てー!」

 

「1号車命中!」

 

 リアルタイムに宮島に報告が入った。

 

 すぐに続いて、「2号車命中!」、「3号車命中!」、……と5号車まで報告があがり、「終わりまーす!」との最後の連絡がきたのは、午後8時9分。

 

 30分強で放水量は計35トン。その連絡に、宮島は心底ほっとした。

ホウ酸も放水も準備しろ

 午前中のヘリ放水、そして夜の地上からの放水と緊迫した「長い1日」を終えた宮島に、午後10時過ぎ、折木統幕長と火箱陸幕長の2人の上官から電話が入った。

 

「明日はヘリからホウ酸も放水もどっちもできるよう準備しろ」


「分かりました」

 

「ついに、本当に危険な任務がくるかもしれない…」

 

 建屋に亀裂が入っていない2号機ならもちろんだが、すでに爆発で亀裂が入っている他の号機でも、ホウ酸を投下するとなると、高度をかなり下げてホバリングせざるを得ない。

 

 さすがの宮島も、黙って下命するわけにはいかなかった。

 

「これは、あいつと話し合おう…」

 

 金丸第1ヘリ団長と改めて話しをするべく、宮島は受話器を持ち上げた。

 

              (次回につづく)

バックナンバー

ページのTOPへ