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陸自史上最大の作戦 東日本大震災

陸上自衛隊 現在の実員数 約14万人。
創設から58年の歴史の中で史上最大の作戦は、言うまでもなく「東日本大震災への災害派遣」だ。
のべ派遣人員1066万人、派遣期間291日間、犠牲になった隊員は5名。
福島第一原発上空で放水する陸上自衛隊のヘリコプターのテレビ映像に釘付けになった人も多いだろう。
メディアで刻一刻と状況が報じられる裏側で、陸上自衛隊に何が起き、どのように作戦を遂行していったのか?
当時の陸上自衛隊トップ 火箱芳文前陸上幕僚長が2年近く経った今、「史上最大の作戦」の真実を語り始めた。

第20回 プロメテウスの希望 ゼウスの怒り(15)

本当に闘える部隊になった…

 宮島CRF司令官は、電話に出た金丸章彦第1ヘリ団長に、折木統幕長と火箱陸幕長の指示を伝え、切り出した。

 

「この作戦だけは、ある程度覚悟を持たないと、誰にでもできるというものじゃないからな…。」

 

「金丸。…クルーの希望をとるか?本人たちの志願とするか?」

 

「いや司令官。毎日われわれ、104飛行隊、105飛行隊…とローテーションで行ってますから。その作戦も淡々とローテーションでやりますから司令官のご心配には及びません」

 

 その答えを聞いて宮島は、ふと泣けてきそうな気分になった。

 

「ああ…、やっとヘリ団は、本当に闘える部隊になったな……。」

 

 心底、「うれしい」と思った。

無人偵察機グローバルホーク

 宮島たちが、ヘリ放水、地上放水と八面六臂の活躍をしている一方で、17日の市ヶ谷防衛省は、福島第一原発の状況分析に苦慮していた。

 

 ヘリ放水、地上放水と、次から次へと策を繰り出してみてはいるものの、実際に福島第一原発内部がどういう状況になっているのかは依然まったく分からない。

 

 震災発生からすでに6日も経っているが、官邸や政府対策本部、東電からも相変わらず確たる情報は入ってこなかった。

 

 唯一、米軍が福島第一原発上空に無人偵察機グローバルホークを飛ばして各種センシングしているが、これも確信が持てないらしく、「まだ何とか持つんじゃないか」、といったレベルの分析しか防衛省・自衛隊には伝わってこなかった。

 

 火箱陸幕長が辛辣な記者会見を終えた17日午後3時45分から開かれた防衛省対策本部会議の席上でも、福島第一原発内部の状況分析をめぐって議論が繰り広げられていた。

4号機に水はあるはず

 防衛省大臣官房審議官 鈴木英夫。

 

 火箱は、こと福島第一原発の問題については、防衛省内局の官僚の中で、鈴木審議官の意見が最も信頼おけると感じていた。

 

 米国はすでに15日ごろには、「4号機の燃料プールの水がカラになっている可能性がある」との懸念を伝えてきているが、鈴木は原子力・安全保安院の見方を大臣に報告している。

 

「テレビ映像で見る限り、4号機は白い湯気があがっているので、水はあるはずだと見ています」

 

 その推測は、16日に東電の社員も乗せたヘリがモニタリングした結果、燃料プールに水が残っていることを目視で確認でき、結果、正しかったことが確認されている。

 

 その鈴木審議官は、各種の情報を総合すると「まだ何とか大丈夫なんじゃないか」と福島第一原発内部の状況を分析している。

 

 一方で火箱にホウ酸投下を求めてきたように経産省は、米国と同様に「カタストロフィー直前」と危惧している。

 

「原子炉内部の状況はどっちなんですかね?鈴木さん」

 

 火箱がそう口火を切って、状況分析についての議論が始まった時、佐々木達郎防衛省技術研究本部長が口を開いた。

NECに委託開発中のサーモグラフィ

「技本(技術研究本部)がNECに開発を委託している、離れた場所からでも温度計測できる高性能サーモグラフィがあるんですが…。まだ開発中ですが、これならヘリで原子炉に近づいて建屋の表面温度を計測できる可能性があります」

 

「それ、やりましょう!」

 

 一も二もなく出席者全員が賛成し、直ちにサーモグラフィでの温度計測の方針が決定した。

 

「そのサーモグラフィで計測するには、具体的にどんなやり方で…」

 

 と火箱が質問すると、

 

「ヘリの下側に透明な部分を作って、そのサーモグラフィのセンサーを計測したい対象に向ければ…」

 

「そのままのぞき込むと顔全部が被ばくするから、遠隔操作にした方がいいですね」

 

 

かすかな光明の予感

 会議終了後、サーモグラフィでの温度計測の方針はただちに第1ヘリ団に伝えられた。

 

 現地では、CH-47チヌークの下部に透明なアクリル板を貼り、隊員が下を直接覗き込まなくても座った状態でモニターを見ながらサーモグラフィでの温度計測ができるための改造作業が始まった。

 

 当然ながらCH-47の内側にはタングステン・シートが敷きつめられる。

 

 第1ヘリ団などが、この作業に要した時間はわずか24時間あまり。

 

「すごいですね、陸上自衛隊は。何でもやりますね…。」

 

 その話を聞いた防衛省の高見沢将林(のぶしげ)防衛政策局長は、まるで菅総理のようなセリフを漏らして驚嘆した。

 

 午前中のヘリ放水で、水を投下しても爆発などは起こさずに、燃料プールを水で満たすことはできると分かった。

 

 今日までは、今にもカタストロフィーが訪れるのか、それとも自分たちにまだ少しばかりでも時間が残されているのか、すらも分からなかった。

 

 しかし、このサーモグラフィによる温度計測がうまくいけば、この奔流のような原子力災害対処の時間軸の中で、少なくとも「自分たちが今どのタイミングに立っているのか?」ぐらいは見えてくるかもしれない。

 

 それと同時に、高見沢局長からも有用な情報と思える報告があった。

 

「もし、いろいろな角度や方向から福島第一原発の詳細な映像を撮影することができれば、専門家による状況の解明にかなり役立つかもしれないと東電や原子力安全・保安院は言っている」

 

 陸上自衛隊には「ヘリ映像伝送システム」を搭載した多目的ヘリコプターがある。本来は「監視任務」のための装備だが、これを使えば貴重な情報が収集できるかもしれない。

 

 すでにタングステン・シートなどの遮へい装備をすれば、原子炉にかなり接近できることは分かっている。

 

 火箱は迫り来る絶望的な状況の中で、初めて「一縷の希望」とも思える、かすかな光明の予感を感じていた。

 

           (次回につづく)

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