• 東日本大震災

陸自史上最大の作戦 東日本大震災

陸上自衛隊 現在の実員数 約14万人。
創設から58年の歴史の中で史上最大の作戦は、言うまでもなく「東日本大震災への災害派遣」だ。
のべ派遣人員1066万人、派遣期間291日間、犠牲になった隊員は5名。
福島第一原発上空で放水する陸上自衛隊のヘリコプターのテレビ映像に釘付けになった人も多いだろう。
メディアで刻一刻と状況が報じられる裏側で、陸上自衛隊に何が起き、どのように作戦を遂行していったのか?
当時の陸上自衛隊トップ 火箱芳文前陸上幕僚長が2年近く経った今、「史上最大の作戦」の真実を語り始めた。

第23回 プロメテウスの希望 ゼウスの怒り(18)

ハイパーレスキュー隊撤収

 18日は結局、午後2時まで東電復旧班による電源復旧工事を優先させることになり、ヘリからの放水は取りやめとなった。

 

 細野総理補佐官の指示書どおり、電源復旧工事の終了を待って、午後2時から自衛隊の放水、その後、午後3時30分ごろからハイパーレスキュー隊による放水活動との段取りになっている。

 

 東電が電源復旧工事を終えて、午後2時から2時42分まで、まず自衛隊の消防車7台による3号機燃料プールへの放水が予定どおり実施された。

 

 その後、東京消防庁のハイパーレスキュー隊は指示書の予定より2時間ほど遅れて、午後5時30分過ぎに福島第一原発に到着した。

 

 最も理想的な放水方法は、スーパーポンパーを海近くの岸壁に移動させ、そこから海水を汲み上げ、ホースで3号機建屋前に待機している屈折放水塔車に送るやり方だ。

 

 しかし、実際に敷地内に入ってみると、いたるところにがれきが散乱し、スーパーポンパーが岸壁まで近づけない。

 

 車両が通行可能な「迂回路」を使って岸壁まで行くと、3号機建屋から2.6キロも離れてしまい、送水ができなくなってしまう。

 

ハイパーレスキュー隊は「作業困難」と判断し、Jビレッジへ撤収した。

消防から自衛隊への交代もやむなし

 統合対策本部に、「本日のハイパーレスキュー隊による注水は中止」との連絡が飛び込んだ。

 

 この情報を聞いて、海江田万里経産相は驚嘆するとともに、激怒した。

 

 午後9時43分。

 

 海江田経産相は、テレビ会議で吉田昌郎所長に懇願する。

 

「これは総理からの命令でもあり、今夜中に放水していただきたい」

 

「消防さんとの連絡手段がないもので…」

 

「消防は現場にいると…」

 

「それは違うと思います」

 

 そう答えた吉田所長が、改めて所員にハイパーレスキュー隊の所在を確認すると、「Jビレッジに戻る」と言っていたという。

 

 それを聞いた海江田経産相の怒りは頂点に達した。

 

 そして、消防ができないようであれば、自衛隊に放水作業を交代することもやむなし、との指示を下した。

彼らは放水のプロですから…

 福島県庁内の現地対策本部で、海江田経産相の指示を伝達された田浦は、判断を仰ぐべく、すぐに宮島CRF司令官に連絡し、状況を説明した。

 

「線量計の数値が高かったんで、ハイパーレスキュー隊が戻ってきたんですが、海江田大臣が、自衛隊に代われとおっしゃっているようで、皆さんうなだれて死にそうな顔されていますよ…。」

 

「自衛隊に代われって、ここまでハイパーレスキュー隊がやっておいてそんな話はないだろ。」

 

 いったん帰還したとはいえ、すでにハイパーレスキュー隊はある程度の機材の設置を終えていた。

 

「ハイパーレスキュー隊がいったん撤収して、自衛隊が交代したら、さらに放水する時刻が遅くなってしまうだろう。それよりこのままハイパーレスキュー隊にやってもらう方がいいんじゃないか?」

 

「はい。私もこのままハイパーレスキュー隊に作業を続けてもらうのが妥当だと思います。ましてや彼らは放水のプロですから…」

 

 自衛隊の消防車が1回に放水できる量は、せいぜい50トンから60トン。しかしハイパーレスキュー隊がやれば毎時100トンの放水が可能になる。

ハイパーレスキュー隊の隊長を励ませ!

「田浦。ハイパーレスキュー隊の隊長を励ませ!」

 

 宮島は最後にそう言い残して、電話を切った。

 

 田浦は、ハイパーレスキュー隊にも聞こえるような声で、統合対策本部に詰めている自衛隊の連絡要員に、宮島と合意した内容を伝えて、このままハイパーレスキュー隊による放水準備を進める方針を示した。

 

 午後11時11分。

 

 ふたたびハイパーレスキュー隊は福島第一原発に入り、岸壁までホースを手作業で延ばして放水の準備を進めた。

 

 19日午前0時30分。

 

 田浦から宮島に、ハイパーレスキュー隊が3号機に放水を開始したとの連絡が入った。

 

 ハイパーレスキュー隊はこの時、わずか20分足らずで、約60トンの水を3号機に注いだ。

涙の記者会見

 ハイパーレスキュー隊は19日午後2時5分から2回目の放水を開始する。この時に注水した量は2430トン。

 

 これにより周囲の放射線量は急速に減少し始めた。

 

 そのまま19日夜、ハイパーレスキュー隊は帰京し、記者会見を開いた。冨岡豊彦ハイパーレスキュー隊総括隊長に、「大変だったことは?」との質問があがる。

 

「このメンバーであればクリアできると確信しました。一番大変だったのは隊員です……」

 

 そこで声を詰まらせ、冨岡の目に涙があふれた。

 

 その光景を陸幕長執務室のテレビで見ていた火箱は、黙ってふと頭をかいた。

 

「……。」

 

「この瞬間も自衛隊はまだ福島第一原発で作業をしている…。」

 

いわく名状しがたい妙な気分だった。

 

         (次回につづく)

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