• 東日本大震災

陸自史上最大の作戦 東日本大震災

陸上自衛隊 現在の実員数 約14万人。
創設から58年の歴史の中で史上最大の作戦は、言うまでもなく「東日本大震災への災害派遣」だ。
のべ派遣人員1066万人、派遣期間291日間、犠牲になった隊員は5名。
福島第一原発上空で放水する陸上自衛隊のヘリコプターのテレビ映像に釘付けになった人も多いだろう。
メディアで刻一刻と状況が報じられる裏側で、陸上自衛隊に何が起き、どのように作戦を遂行していったのか?
当時の陸上自衛隊トップ 火箱芳文前陸上幕僚長が2年近く経った今、「史上最大の作戦」の真実を語り始めた。

第24回 プロメテウスの希望 ゼウスの怒り(19)

早朝のモニタリング作業

 3月19日午前5時45分。霞目駐屯地から大型輸送ヘリCH-47チヌークが再び、その重い機体を離陸させた。

 

 外見は何の変哲もないCH-47だが、機内はタングステンシートがびっしりと貼付けられており、さまざまな機材などを吊り下げるために床にあいている穴にはアクリル板が取り付けられ、その回りには腰掛けた状態で計測を行なえるような諸々の装備が設置されている。

 

 技術研究本部がNECに開発を委託していた高性能サーモグラフィで福島第一原発の温度を計測する。

 

 特殊なサーモグラフィを扱うには専門的な知識が必要だったため、このCH-47には技術研究本部の職員も搭乗していた。

 

 災害派遣の命令が下っているのは、あくまで陸・海・空の自衛隊であって、技術研究本部の事務官は、そのままの立場では災害派遣には参加できないし、危険手当てなども支給されない。

 

 そのため、この温度計測を行なう技術研究本部の職員に急きょ陸上自衛隊へ出向の辞令を交付し、「陸上自衛隊の職員」という立場にして、CH-47に搭乗させた。

 

 CH-47は、福島第一原発を目指して一路 南下していく。

 

 19日は午後2時から東京消防庁のハイパーレスキュー隊が7時間連続で放水作業を行なう予定だ。

 

 放水作業が始まる前に、温度計測を終わらせなければならない。

ベストアングルへの期待

 高性能サーモグラフィは、高い指向性を持って、遠方からさまざまな物体の表面温度を測定することができる。

 

 各号機の建屋表面温度を測ることは、さほど難しくないが、原子炉ならより原子炉に、燃料プールならより燃料プールに近い、もしくはそのものにセンサーを向けることができるなら、さらに温度計測の精度は上がる。

 

 幸いなことに?これまでの水素爆発によって1号機、3号機、4号機は建屋が損壊している。

 

その損壊した「裂け目」から原子炉格納容器や燃料プールを「のぞき見」することができれば、格納容器や燃料プールそのものの表面温度が計測可能になる。

 

 しかし一方で高放射線量下の福島第一原発上空に長く滞空し、プロカメラマンの撮影現場よろしく勝手気ままにベストアングルを探すことなど毛頭許されない。

 

 運良く「ベストアングル」を見つけることができるのか。

 

 ヘリや消防車による「放水活動」と違って地味なモニタリング作業だが、火箱陸幕長はもとより、防衛省、官邸、原子力安全・保安院、東電など関係者の、このモニタリング作業にかける期待は極めて高かった。

暫定値だが100℃以下と見られる

 19日午後3時43分。

 

 防衛省災害対策本部会議を終えた北澤防衛大臣が市ヶ谷防衛省の記者会見場に姿を現した。

 

「暫定的な分析によりますと、1号炉から4号炉までの表面温度は、いずれも100℃以下と見られるということが確認されました」

 

「表面の温度というのは、建屋の表面ということですか?それとも内部?」

 

「上部の鉄骨および内部の下のところです」

 

「100℃以下ということは、放水の効果があったことによるものとお考えですか?」

 

「そこははっきりしませんが、かなり水を投入したことは効果が上がっているのではないかと思います」

 

 温度が100℃以下というのは確かに「朗報」だったが、まだ「ベストアングル」を捉えたとは言い難い状況だった。

 

 「うっすらとした希望」を確実なものにするためにも、もう一度モニタリングする必要がある。

 

 しかし、すでに東京消防庁ハイパーレスキュー隊の放水作業は始まっており、モニタリングは翌日改めて行なうことに決まった。

総理もほっとした表情で聞いていた

 20日も午前8時20分から約1時間、自衛隊の消防隊によって4号機への放水作業が行なわれた。

 

 そして午後1時、再びCH-47が福島第一原発上空に姿を現す。

 

 上空900メートル。高性能サーモグラフィによるモニタリングを開始した。

 

 しかし、前日のリハーサル?で「土地カン」ができたこともあり、昨日より敏捷に「ベストアングル」を見つけることができるようになっていた。

 

 20日夜10時33分。再び北澤防衛大臣が鈴木英夫審議官をともなって防衛省の記者会見場に姿を現した。

 

「使用済み核燃料プールの温度はすべて(1号機〜6号機)100℃未満でした。原子力安全・保安院の専門家によれば、この結果を踏まえて『プールには水が入っている』という指摘があり、『今後の対策を考える上でも大変貴重なデータである』という評価をされています」

 

 北澤防衛大臣の発言に続き、鈴木審議官が1号機=58℃、2号機(建屋表面)= 35℃、3号機(原子炉格納容器表面)=128℃、4号機(燃料プール)=42℃、5号機=24℃、6号機=25℃と、各号機の詳細な説明を行なった。

 

「大臣の率直な感想を」

 

「国民の皆さんにご安心頂ける数値が出たということで、ある意味ほっといたしております」

 

「先ほど官邸で会議をやっておられましたが菅総理からは?」

 

「総理はわれわれと違って学生時代から、この分野を勉強しておりますので、非常にほっとした表情で説明を聞いておられました」

俺もこの国も少しばかり運が残っていたな…

 3月11日の震災発生以来、福島第一原発事故対処に携わる日本のリーダーたちが、最も安堵した瞬間だった。

 

 特にCRF中央特殊武器防護隊の岩熊真司隊長ら6人が3号機の水素爆発に巻き込まれた14日以降20日までの1週間、陸上自衛隊は極度の緊張を強いられてきた。

 

 この後、22日にヘリ映像伝送装置で、福島第一原発の詳細な状況が専門家に届けられるようになると、「まだ原子炉は大丈夫」との観測はさらに高まった。

 

 火箱陸幕長もこの報告に安堵したことは言うまでもない。

 

「まだ俺も、この国も、少しばかり運が残っていたな…」

 

 それまで防戦一方で、『対症療法』を繰り返してきた局面が少しだけ開けてきたような気がした。

 

 しかしそれはとりもなおさず、将来に向けて「この事態を根本的に収束させる作戦」を早急に立案しなければならないタイミングにある、ということも意味していた。

 

 そして、その作戦の中には、当然ながら「万が一の場合」を想定した「最終計画」も含まれているはず。

 

 朗報に日本のリーダーたちが「つかの間の安堵」を感じているその瞬間にも、事態は次の展開へ向けて走り始めていた。

 

           (次回につづく)

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