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陸自史上最大の作戦 東日本大震災

陸上自衛隊 現在の実員数 約14万人。
創設から58年の歴史の中で史上最大の作戦は、言うまでもなく「東日本大震災への災害派遣」だ。
のべ派遣人員1066万人、派遣期間291日間、犠牲になった隊員は5名。
福島第一原発上空で放水する陸上自衛隊のヘリコプターのテレビ映像に釘付けになった人も多いだろう。
メディアで刻一刻と状況が報じられる裏側で、陸上自衛隊に何が起き、どのように作戦を遂行していったのか?
当時の陸上自衛隊トップ 火箱芳文前陸上幕僚長が2年近く経った今、「史上最大の作戦」の真実を語り始めた。

第5回 すべては被災者のために 

民生支援物資輸送スキーム承認

 3月15日午前9時30分。防衛省大臣室。

 

「被災者への給食、給水など生活支援は大切です。しっかりやってください…。」

 

 北澤防衛大臣は、火箱陸幕長にそう切り出した。

北澤大臣も被災地で活動する統合任務部隊などから上がってくる情報で、被災者の窮状に心を痛めていた。

 

その後、午前11時から開かれた防衛省対策本部会議で、火箱は、陸海空自衛隊合同の『民生支援物資輸送スキーム』を提案し、無事、大臣の了承を得た。

さらに火箱は続けた。

 

「避難所では灯油がなくて、被災者が凍えているとの報道もあります。

また灯油の備蓄があっても、それを避難所まで運ぶ車のガソリンがないと。例えば部隊に備蓄してある燃料を一時的に払い下げて何とかできないかと…。」

 

「それやりましょう。…と言うか是非やってください!」

 

火箱が話し終わるか終わらないうちに、北澤大臣は答えた。

 

 当然ながら自衛隊が備蓄しているガソリンなどの燃料は、防衛省として予算計上され、国会の審議を経て了承されているもので、通常、防衛目的以外に払い下げることはできない。

下手をすれば、後で政治問題にも発展しかねない。

 

「…とは、大臣言ったものの、民間転用への法律上の手続きは大丈夫でしょうね…。」

 

会議後、改めて尋ねた火箱に対し、西 正典防衛省経理装備局長(当時)は答えた。

 

「大臣の承認も頂いているんですから、ぜひやりましょう!」

日通にガソリンを払い下げろ!

 しかし、実際に『民生支援物資輸送スキーム』を発動させるとなると、支援物資の物量は膨大で、災害派遣されている陸上自衛隊のトラックだけでは到底足りない。

 

 そこで火箱は、陸上幕僚監部に命じて、日頃から陸自の補給物資輸送の契約を交わしている日本通運に、「物流契約の拡大」と言う形で、陸上自衛隊丸抱えの輸送発注を提案させた。

 

 すでに政府は全日本トラック協会から「片道燃料では行けない」と物資輸送を断られている。

普通に要請しても引受けてもらえないのは目に見えていた。

 

 そこで火箱は日本通運に交換条件を提示させた。

 

『被災地で陸上自衛隊が備蓄しているガソリンを供与する代わりに日通の倉庫を支援物資の集積拠点として使用させてほしい』

 つまり、自衛隊が現地で日本通運のトラックに対し、必要なガソリンを供与する代わりに、日通は運賃をその分安くするとともに、倉庫を自衛隊に対し貸し出すと言う条件だ。

 

 この『異例の提案』に対し、果たせるかな日本通運は、トラックを出し倉庫を提供すると回答してきた。

 

 かくして異例づくめの『民生支援物資輸送スキーム』が本格稼働し、地震と津波によりズタズタになった物流網に、再び血が通い始めるようになる。

避難所に燃料を 『ミニSS』の構築

 北澤大臣の承認を得た火箱は、さらに被災地への燃料供与スキーム構築に走るが、これには数日前からもう一つの話しがあった。

 

それは資源エネルギー庁を通じての、ある要請だった。

 

「被災地にガソリンを運ぶため、大型タンクローリー30台を借り上げたが、福島第一原発の事故を怖がって、福島県郡山市まで行ったところでドライバーがみんな逃げてしまった。

陸上自衛隊が運転して、ガソリンを被災地のガソリンスタンドまで輸送してもらえないか?」

 

「ちょっと待ってくれよ!さすがに自衛隊は『何でも屋』じゃないんだぜ。

…って言うか、ガソリン積んだタンクローリーを運転して、ガソリンスタンドに給油するには危険物取扱の資格が必要なんだろ。

ガソリンは持っているんだから、ドライバーぐらいは自分で探してもらいたいなあ…」

 

 その要請にいくばくかの不満を感じながらも、火箱は、大至急、資格を有する自衛官がいるか確認をさせた。

しかし現地に派遣された部隊の中では、タンクローリー2台をようやく動かせる人数しか見つからない。

 

資源エネルギー庁に対し、「やるにはやるが、全部は到底できない。」と返答するとともに、陸上自衛隊としての対案を提示した。

 

 津波に直撃された多賀城駐屯地隣りにある陸上自衛隊の燃料補給基地「多賀城燃料支処」は奇跡的に被害を免れていた。火箱の対案は、この多賀城燃料支処から、自衛隊でも扱える『ドラム缶』にガソリンを詰めて、避難所などまでガソリンを届け、自治体などの車両に供給するというものだった。

 

航空自衛隊も、松島基地から備蓄燃料の自治体等への供給が可能となった。

しかし……。

「いくら自衛隊でも今どきドラム缶なんてそんなにあったか?」

 

 陸上自衛隊でもだいぶ前から、燃料はトレーラー輸送に切り換えている。

陸幕装備部が全国の部隊に対し『ドラム缶探し』をしたが、なかなか数が集まらない。

 

そんな時、ドラム缶が大量にある場所を知っていたのは佐々木達郎防衛省技術研究本部長(当時)だった。

 

「そう言えば、技術研究本部の札幌試験場に使っていないドラム缶がいっぱい転がっていますよ…」

 

 陸上自衛隊は、札幌試験場のある北海道千歳市から大量のドラム缶を運び、最終的にドラム缶1000本相当=約200キロリットルの燃料補給を行なった。灯油の扱いはガソリンよりさらに楽なので、同じ方法で避難所にも暖房用灯油を届けて回った。

 

 こうした『燃料補給路確保』は、のちに『ミニSS(サービス・ステーション)』と呼ばれるようになる。

『ご用聞き隊』発足!

火箱は、どうも『血の通わない補給線』を徹底的に嫌う性格らしい。

 

『民生支援物資輸送スキーム』にしても、単に補給ラインを作るだけでなく、「ニーズを掘り起こせ!」を合い言葉に、担当する自衛官を『ご用聞き隊』と言う名前通りのチームとして発足させ、政府と東北3県に送り、『県としてのニーズ』をヒアリングさせている。

 

 そしてさらに『ご用聞き』のアンテナを伸ばすべく、各避難所に物資を輸送する隊員にも、被災者から直接話を聞かせ、本当に欲しいモノを届けるよう指示している。

 

 例えば、「女性には女性に特有の必要な物があるだろう」、と本当のニーズを汲み取るために、あえて女性自衛官を避難所に派遣している。

 

陸上自衛隊には女性ヘリパイロットもいるが、輸送ヘリで避難所へ物資を緊急空輸させたついでに、女性パイロットにまで『女性に対するご用聞き』をさせる、と言う徹底ぶりだ。

 

 それは、単に『機能不全に陥った自治体の肩代わりをしているだけ』ともとれるが、視点を変えれば、60年近く様々な政治的批判にさらされながら、世論や地域住民との融和のために腐心してきた自衛隊が獲得した『後天的形質』とも見える。

 

 火箱が望んだ『血の通った補給線』。

 

その行き着く先には、『兵站(たん)』と言う軍事用語でくくるにはあまりに異質な、『非常時における究極のサービス業』とも見える自衛隊の姿があった。

 

                 (次回につづく)

 

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